物理的領域の因果的閉包性


花咲くいろは 第9話 「おもてなし」

2011-05-30 2011


『おもてなし』 は 『もてなす』 の丁寧語であり、語源は 「モノを持って成し遂げる」 と 「表裏なし」 の2つの意味から成り立っているそうです。
「持って成す」 ものを茶道で例えるなら 掛け軸、絵、茶器、匂い(御香) など身体に感じ目に見える 『もの』 と 言葉、表情、仕草 など目に見えない 『こと』 の2つに分かれるらしい。
つまり喜翆荘の建物、花や絵などの装飾品、料理などが 『もの』。 お客様との会話、表情、仕草などが 『こと』 にあたると思います。

そしてここで重要なのは 「持って成し」 たものが花にもある点です。花は喜翆荘のピンチに菜子を呼び出し、徹も呼び出そうとして結婚式場まで行きました。
これを先程の 『もの』 と 『こと』 に当てはめるなら、菜子は電話で呼び出しているので目に見えない 『こと』 になり、徹は直接会って言葉でも伝えているので目に見える 『もの』 と目に見えない 『こと』 の両方と言えると思います。
本当の意味で 「持って成し遂げている」 のは徹の場合ですよね?喜翆荘でしっかりした料理を提供してしっかりした接客をするのと同じように、ちゃんと会って気持ちを伝えた。これこそ 『おもてなし』 の心です。
すれ違いになった孝ちゃんと対比になっている部分がなんとも切ないですが、お客様だけではなくて同じ旅館で働く者同士としてもしっかり対応出来ているということは大きな成長です。

もうひとつ、「表裏なし」 つまり表裏のない自分を出す意味でも花はもちろん、菜子や巴、蓮さんも 『おもてなし』 が出来ていたと思います。
そして民子が天ぷらを上手く揚げることが出来たのも 「表裏なし」 の自分でチャレンジしたから。また、花がまさか本当に徹を連れてくるとは思ってなかった。だから負けじと努力した部分もあるでしょう。

『なんとかする』 と 『なんとかなる』 は少し違います。『なんともしない』 のに 『なんとかなる』 わけありませんよね?『なんとかしようとした』 からそのあと 『なんとかなる』 わけで。
今出来る事を精一杯やったのは花だけじゃなくて、経営コンサルタントの崇子も次郎丸も方向性は違えど努力はした。その努力は目に見えなくてもお客様や女将にも伝わったはずです。
喜翆荘のみんなが努力したからお客様が満足出来た。ラストみんなで女将を出迎えた姿は、成し遂げた達成感と裏表のない表情にあふれた、まさに 『おもてなし』 と言えるものだったと思います。

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花咲くいろは 第8話 「走り出す」 のは誰の為?

2011-05-23 2011


孝ちゃんが喜翆荘に訪れるのと女将の体調不良は別の話になると思っていましたが、まさか同時進行とは、、なかなか巧妙ですね。

さて、花が仕事場を離れて走りだしたのは一体誰の為なんでしょう? 女将の為? 喜翆荘の為? 自分の為?
どれも違いますよね? 花が一番大切にしているのはお客様の為です。お金をいただくのはお客様から、それも皆同じ金額をいただくわけですからどんなに忙しくても一定のサービスを目指すのが理想的です。
なぜ旅館が経営出来て、なぜ従業員を雇えて、なぜ経営コンサルタントを雇えるか? それはもちろん収入があるから。そしてその収入はどこから発生するかというと、お客様からですよね。

花がよく言ってる 「今出来る事」 と 経営コンサルタントの崇子が考える 「今出来る事」 は結果が異なってきます。
花の 「今出来る事」 は 『今も、これからもずっと出来る事』 であり、崇子の 「今出来る事」 は 『今しか出来ない事』 です。つまり継続するのか、一回だけなのかの違い。
崇子の場合だともし次に同じお客様が来られても同等のサービスは出来ないということ。そんなことでは長年やってきた喜翆荘の信頼はガタ落ちですよね?
これは人間関係の場合でも同じです。すごく高価な物を一度にプレゼントをするよりも、少し安い物でも数回に分けてプレゼントされたほうがありがたみを感じる。継続は力なりです。

お客様全員に満足していただくことが喜翆荘の繁栄に繋がり、喜翆荘が潤うと働いてる人も潤う。崇子の場合は優先順位を間違えています、お客様よりも喜翆荘の利益、自分の功績を優先してます。
まず何を、誰を一番に考えないといけないか? 第6話 「Nothing Venture Nothing Win」 で昔の着物を着たのも、自分が可愛く見られたいから、喜翆荘の利益になるからではなくて、まずお客様に喜んでもらいたいからやったことですよね。
一生懸命走って、菜子や徹に協力してもらって、旅館のみんながお客様全員に喜んでもらおうと努力することが、喜翆荘を良くし、女将を励まし、そして自分の励みになるといいですね。

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女将視点で考える 『花咲くいろは』

2011-05-21 2011



喜翆荘女将で緒花の祖母である四十万スイ。この女将を中心に 『花咲くいろは』 を考えてみたいと思う。

喜翆荘はライバル旅館 「福屋」 の影響もあって経営不振とされているが、私にはもっと大きな問題があるように思う。それは 「跡継ぎ」 がいないこと。
長女の皐月を勘当してしまった為、次の跡取り候補といえば仲居頭の巴になる。しかし第7話で玉の輿を狙っていたが旅館の不振か、もしくは番頭の縁に魅力を感じなかったのかわからないが、すでに諦めているような発言があった。
長男の嫁ともなれば期待が高まるが巴本人にその気はない。結婚に悩み母親を心配し実家に帰りたいなんて言い出すくらいだから仕事は出来てもずっといる気はないらしい。

なら次の候補は花である。商売、とくに自営業において世襲を重んじる理由はいくつかある。
そのひとつとして、客商売は人柄が大切なので自分と同じ感性や考え方、方針を受け継いでもらえる人がベストと考える。第6話にあったように母と子、祖母と孫娘はどこかしら似た感性を持っているもの。
また、女将の年齢は不明だが60歳と仮定してもあと10~15年は現役でいられる。花は現在16歳、現役を退くころには26~31歳になっている。働き盛りの女盛りである。しかも 「福屋」 の一人娘、結名と同い年。
女将にしてみれば本当は皐月が良かったのだろうが、男関係がだらしない上に子育てもまともに出来てない有り様。もう花に期待を寄せるしかない。

と、ここで疑問に思うのが女将が花を引き取った理由である。皐月が男と夜逃げした挙句いらん子扱いになって放り出されたようになっているが、もし跡取りを少しでも期待していたとするなら話は変わってくる。
有望な人材が揃っていても上手く噛み合わず業績は右肩下がり、経営はマンネリ化していることだろう。「答えはわからないけど何か出来ればいい」 と考えているのは花だけではない、女将も同じ気持ちだと思われる。
そこで花の存在だ。女将にすればチャンスである。皐月から引き離し、時間をかけてじっくり育てれば将来は・・・なんて思ったとしたら?
花に対してキツイ面もあるが、皐月が出来なかった分の母親代わりと思えばいくら可愛い孫娘でも厳しく叱ったり出来るものだ。

女将が本当にそう思ってるのかはわからないが、花の存在は喜翆荘にとっても祖母という立場からも必要だと感じてるに違いない。
だって女将は必要なときにしか口出ししないし、余計にでしゃばったりせず、しかもある程度サボったり出来るほど自由な時間も与えている。
おおらかでかつ粋な心を持つ人が、ただ感情にまかせて怒ったり叱ったりはしない。そこには理由があって愛がある。花だけでなく民子や菜子の将来もきっと考えてくれているはずだ。

商売は先を見据える職業、それは経営だけではなくてお客様一人一人の気持ちや働く人の気持ち、そして自分自身の先まで考え、悩む職業だと思っている。
そんな先まで、そんな人のことまでわかるはずがない? もちろんそうだ。でもわからないからこそ考えて、理解出来ないからこそ、答えがないからこそ悩むから面白いんだ。仕事も人も。

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『魔法少女まどか☆マギカ』 のここがすごい。

2011-05-20 2011



『魔法少女まどか☆マギカ』 を好きな人は飽きるほどサイトを巡っていろんな感想や考察を見てきたと思う。
でも多種多様な意見が氾濫しすぎて根本的な魅力を見失いがちなんではないかと感じた。だからあえて今だからこそ冷静に振り返ってみることも大切なんじゃないだろうか。


○ 魔法少女の能力
よく比較対象になるアニメ 『新世紀エヴァンゲリオン』。操縦者はEVAとの神経接続を必要とするためシンクロ率、つまり相性の良し悪しが重要となる。
母親の魂が源流とされ14歳の子供でなければならないが、なぜ14歳なのかは不明であり能力の個体差に関してもはっきりとした答えがない。
能力の種類、多様性という観点でいえば 『ジョジョの奇妙な冒険』 が思い浮かぶ。波紋やスタンドの能力がどうやって身につくのかというと、吸血鬼と家系である。源流は鉄仮面の不思議なチカラによるもの。
『エヴァ』 の碇シンジにしても、『ジョジョ』 のジョナサンにしても、重要なポイントは家系・血筋となり 「元来才能を持って生まれている」 ことが強さの秘訣となっている。
『魔法少女まどか☆マギカ』 ではキュゥべえと契約した少女であれば誰でもいい。強さは、因果律うんぬんと言っているが簡単に説明すると 「過去を背負った重さ」 になると思う。
生まれたときからの才能を必要とせず、むしろ生まれてから魔法少女になるまでの生き方が重要となり、過去を知っていればある程度の強さを図れるほどわかりやすい。もちろん願いの代価が魂であることも他の作品と比べ単純明快である。
『ドラゴンボール』 を含めこういった能力バトルモノと比較しても、新しいカタチでの能力・強さを位置付けたことはとても大きい成果だと思う。


○ 魔法少女という意味
すでに語られている大きな魅力として 「魔法少女の概念をくつがえした」 ところ。簡潔にいえば、今までの魔法少女は大まかに 「魔法のチカラを元々持っている」 か 「魔法のチカラが備わった道具を持っている」 かの2つだった。
ご存じのとおり 『魔法少女まどか☆マギカ』 はキュゥべえからの与えられるものであり、願いの代償である。はじめからまったく異なるアプローチで魔法少女になったのはこれが初だろう。
そして魔法少女が成長すると魔女になる部分。ここが一番 「はっ!」 っとした。そう魔法は魔力なのだ。魔力とは、人を惑わし引きつける不思議な力のこと。
今まで 「魔法は良いもの」 という風潮から徐々に 「惑わす悪いもの」 という風に変わりつつあったものの、ここまで明確に設定・表現されたのは初めてじゃないだろうか。


○ ヒーローの不在
『魔法少女まどか☆マギカ』 にはヒーローがいない。まどかはヒーローになった瞬間に消え、実質的に記憶があるのはほむらだけ。魔法少女の世界自体パラレルワールドになっていて現実世界にいる人間に知られることはないから、活躍しても認識出来るのは同じ魔法少女だけ。ヒーローに成り得る要素がまったくない。
『コードギアス』 を含め悪役っぽいヒーロー、またヒーローらしくないヒーロー、それらをアンチヒーローとするならば、ヒーローらしいヒーロー、いわゆるスタンダードなヒーロー、今まではこの2つだった。
アンチを好む人もいればスタンダードを懐かしむ人がいる中で、なぜ 『魔法少女まどか☆マギカ』 はヒーロー不在なのか?
原因のひとつとして考えられるのは 「キャラ立ち」。特定の誰かを持ち上げるのではなくて 「輪」 を重要視することでそれぞれのキャラに魅力が出る。そしてもうひとつ、作品のテーマでもある 「インキュベーターと人間」 の対比を描くにはヒーローの存在が邪魔になる。
作品を引っ張っていくのは絶対的なヒーローである 「誰か」 ではなく、キュゥべえや魔法少女たちみんな。それぞれをヒーローと位置付けることによって作品の幅や奥行きが広がる。特定しないから不在のように見えているだけのような気がする。
バトル要素のある作品にこういった位置付けは珍しいと思うし、やろうとしても難しい。微妙なバランスを保ちながらもしっかり物語を展開させているところがすごい。
『とある科学の超電磁砲』 に似て、善も悪もひっくるめてカッコイイと思わせる 「キャラ立ち」 の良さが人気の秘密なのかな。

もっと魅力がたくさんあって書き切れないほどですが、いちおう簡潔にまとめたつもりです。また何か気付いたら書きますね。

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花咲くいろはの魅力

2011-05-14 2011


作品のタイトル 『花咲くいろは』 の 『いろは』 とは、物事、特にけいこ事の初歩。入門のこと。
「花が咲く」、つまり成長段階の初歩の話、また 「花」 を 「お花」 と捉えた場合 「花が咲く」 となり、つぼみの段階から花開くまでの話だと推測することが出来ます。


では具体的にどのような部分が魅力なのか?
第5話 「涙の板前慕情」 のぼんぼりを手にした花のセリフ、『頑張ってる人の願いなら叶えてくれるんですよね。』
これは、「努力してる人は報われるべき」 つまり裏を返せば、「報われるための努力を怠ってはいけない」 ということ。
そして第6話 「Nothing Venture Nothing Win」 の最後の語り部分、『この喜翆荘にとって変わることが正解なのか、変わらないことが正解なのか、答えはわからないけど何かが出来ればいい。そんなことを少し考えた。』
つまり、「正解はわからないけど努力して何かをすることが大事」 ということ。
この2つの言ってることは似てますよね? 報われないからといって努力を惜しんではいけない。正解がないからといって諦めたりしない。
第5話で民子のためを思ってしたことが、ちゃんと第6話の結果を導いてるんですよね。ひとりの人間から旅館全体へと規模が大きくなっている。しっかりと成長段階を歩んでいることがこれでわかると思います。

あと第3話 「ホビロン」 は次郎丸を中心としたサービス回に思えますが、このどんちゃん騒ぎがあったおかげで各キャラの特徴が明確になり、そして第6話 「Nothing Venture Nothing Win」 での縁の思い、豆じいの活躍、女将の気持ちへとつながっています。
もし第3話がなければ、いきなり豆じいが活躍しても 「え!?」 ってなるし、女将の頑固さだけが際立つ結果になったでしょう。要所でしっかりキャラの特徴や位置付けをしていたからこそ、この第6話が活きてくるんですね。

でもこの作品で重要なのは、仕事も人生も同じだという部分です。
商売において、正解なんてないから何もしなくていいか。そんなことはないですよね。常にどうすればお客様が喜ぶか、どうすれば商品が売れるのか考えます。
そして努力して考えて動く人がお店のキーパーソン、喜翆荘でいえば看板娘になるわけです。例えるなら、高性能なエンジンに高性能なタイヤを搭載した高級車にいいガソリンを入れて走ろうとしても、オイルがなければ車は動かないのと同じです。
人生においても、絶対に幸せになる方法なんてないから何もしないか。何もしないよりかは着飾ったり見栄張ったりしてでもよく見られたい、好かれたい。そういう行為は無駄とわかっていてもすべてを投げ捨てることはなかなか出来ませんよね。どんな些細な事でも努力はしているものです。


『花咲くいろは』 にはこうしたエッセンス、きっかけがいっぱい詰まっているんですよね。
花が成長していく中で、少しでもきっかけを掴んで、一緒に 「いろは」 を体感出来ればいいと思っています。
花が花咲くころには、この作品自体も花咲いて、多くの人に見てもらえるようになってほしいと心から願うばかりです。

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