物理的領域の因果的閉包性


C3 -シーキューブ- 7話・8話の回想シーンについて

2011-11-25 2011



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EDクレジットを見るとワース回想(厳密には桜参白穂の回想)部分は、バカテス2期8話と今作2話のコンテ・演出を手掛けた坂本隆の担当らしい。
感じとしては 「ダンス イン ザ ヴァンパイアバンド」 の1話と7話以外の冒頭部分に似ています。注目してほしいのは操り人形のような演出ですね。


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『からくり』 の語源は 「糸を引っ張って動かす」 意味の 『からくる』 が名詞化された説と、唐から伝わった仕掛けなので唐繰と呼んだ説があるそうです。
基本的には 「日本の伝統的な機械仕掛けの人形や模型、機械装置」 を指す言葉で、 「計略」 や 「たくらみ」 の意味もあり、人によって操作されること。
サヴェレンティと白穂の出会いからすでに糸があるということは、誰かが故意に操作してることを暗示しているし、操ってる黒幕も原作では描かれている。
ラスト2分ほどの回想シーンですが、多くの要素が詰め込まれていて秀逸ですね。全話終わったあとに観返してみるとかなり面白いんじゃないでしょうか。


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8話も同様に回想シーンで踊っている白穂に糸が張られていますが、これは 「演技をする = 自分らしさを失う = 人形」 という意味合いがあるんですね。
つまり 「何かを演じる」 という行為が 「人間性を損なっている」 ということになり、結果白穂が人間嫌いになって人を 「人間」 と呼ぶようになったんですね。
サヴェレンティと白穂が入れ替わるという 『からくり』 があった話でしたが、「たくらみ」 の意味での 『からくり』、演出面での 『からくり』 もあった回なんです。
サヴェレンティが呪いから解放されたことで、白穂の人間嫌いという呪縛も解放され、変わらない愛だけが残された。そしてフィアには愛が芽生えつつある。
青と赤で男と女を演出した部分も印象的でしたが、回想や線画で描かれていた部分など、見どころの多い話数だったように思えました。ええ仕事しますね。

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たまゆら~hitotose~ 第8話 「かわらない人かわりゆく時、なので」

2011-11-22 2011



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たぶん志保美さんは写真を撮り続けるうちに 「これでいいんだろうか」 「このままでいいんだろうか」 と思い悩んでいたんでしょうね。

『空の上に描いてたすべては いま目の前に降りてきて 重さも形も確かに感じる おかえりなさい 思い出に 振り向くのも 変わることも 弱さじゃない』
OP 「おかえりなさい」 の歌詞ですが、「空に描いたものが降りてきて重さや形を感じる」 のは、自分を振り返ってみたときの印象だと捉えてみます。
そうすると 「重さや形」 は重圧やプレッシャー、客観的に見た自分の姿や形となります。でも 「思い出」 に対して 「おかえりなさい」 と言ってますね。
つまり過去の自分や客観的に見た自分を良い思い出として 「おかえりなさい」 と受け入れた。理由は 「変わることが弱さじゃない」 からなんですね。

志保美さんが空の写真を撮り続けていたのは、そこに何かがあって、何かを見つけられると思ったからでしょうね。自分自身も写真を見てくれる人も。
でも空はどこにでもあって、見ようと思えばどこでも見えるものですよね? たまゆらもそうです。どこにでもあるけど、たまにしか写らない不確かなもの。
要は見たいと思う気持ち、自分の気持ち次第なんですね。自分らしさや存在理由はどこにでもあるし、探せばいくらでも見つかるものだと思っています。
今したいことを精一杯やる。それを続けていくことが自分自身を豊かにする秘訣なんでしょうね。ぽってたち4人が空に何を描くのか、見守りたいですね。

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UN-GO 第6話 「暗号 - cipher -」

2011-11-18 2011



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サイファー 【cipher】

・ 暗号、暗号文、暗号を解くかぎ。
・ (数字の)零、0。
・ 価値のないもの[人]。
・ 自鳴[オルガンの故障のため鍵盤操作と関係なしに出てしまう音]。


【cipher】 は、アラビア語で 『零』 を意味する 【cifr】 という単語が語源。英語の 『ZERO』 も同じ語源だそうです。
新十郎が暗号を追い求めているにも関わらず、真実はすでに海勝麟六の手にあって無価値だったという意味では 『零』 だったと言えます。
海勝麟六が 『真実は常に一つだろうか...』 と言った理由。それは偽りの真実であっても信じていればそれがその人にとっての真実になる。
つまり偽りの真実という無価値なものこそが 「暗号」 というわけなんですね。事実暗号を解読し矢島に伝えてしまったことで妻を殺しかけた。
もし矢島が妻を殺してしまえば、真実を知らないまま犯罪者となって、情報提供者である新十郎にも責任が課せられてしまう。怖いですよね。

『自鳴』 とはそれ自身で音を出すこと。オルゴールの別名は自鳴琴というそうです。自分の意思とは無関係な結果を招く意味で自滅に近い。
真実を追い求める行為そのものが無意味だと思わせる話でしたが、堕ちることでしか存在意義を見い出せない新十郎にはツラい話ですね。
自身の行動原理という 「暗号」 をこれからどう読み解いていくのか?新十郎の生存戦略を援助する因果や風守に注目していきたいですね。

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たまゆら~hitotose~ 第7話 「竹灯りの約束、なので」

2011-11-15 2011



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願かけ灯籠のシーンを見て思ったのが 「灯籠流しと似てるな」 ってこと。灯籠流しといえば? そうです、思い出した方も多いんじゃないでしょうか。
「アニメノチカラ」 第1弾作品である 『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト』。その第7話 『蝉時雨・精霊流シ』 に 「フィーエスタ・デュ・ルミエール」 という行事があります。
夏一定期間死者の魂が現世に還ってきているという民間信仰に基づき、その魂を送り返す目印として川に灯籠を流す行事。いわゆるお盆ですね。

願かけ灯籠だけでなく竹灯りそのものも人の魂や願い・強い想いの象徴だとすれば、死者の魂や消えそうな想いを慰めるためだとも考えられます。
『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト』 第7話では、たくさんの灯籠が流れる川を背景にフィリシア・ハイデマンがカナタを抱きしめながら語りかける場面があるんですね。
「あなたはいつでも伝えようとする。想いを言葉にすることを恐れない。それってすごいことだと思うわ。」 カナタが言葉ならぽっては写真なんですね。

流れ星に願い事をするのもどこか似ています。瞬間的に消え行く運命にある星を、魂や憧憬(あこがれの気持ち)に置き換えているんだと思います。
人々の想いに支えられて行われる竹灯り。ライトアップした光に映し出される願い。魂が還ってくるように願いや想いもいつか還ってくるんでしょうね。

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UN-GO 第5話 「メノンのパラドックス - Meno's paradox -」

2011-11-11 2011



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新十郎は 『偉いのは、美しいのは、死んだ彼らだけだ。』 と言っていましたが、他人のために死んだり生きたりするのも愚かだと思いますけどね。

『探求の対象が何であるかを知っていなければ探求はできない。しかし、それを知っているならば既に答えは出ているので探求の必要はない。』
これをメノンのパラドックス、または探求のパラドックスと言うそうです。つまり、他人のために死んだ者でないと本当のことはわからないということ。
ただ英雄になりたくて死んだのかもしれないし、他人を死なせるくらいなら死んでやると思ったのかもしれません。どちらにせよその心意気は美しい。
だから生きてる者が偉いとか美しいとか言ったところでそれは単なる美談であり、死んだ者を語る行為そのものが愚かであるということなんでしょう。

英語で 「肖像」 は ポートレート【portrait】 と言いますが、肖像や似顔絵、人物像のほかに 似ているもの、生き写し という意味もあるんですね。
彫刻家の平戸葉子が彫像に込めた思い。結論だけ見れば島田白朗を陥れようとして人を殺してしまいましたが、その意思は作品にずっと残される。
そして殺人を犯した罪も消えない。まさに平戸葉子の生き写し。皮肉な話ですが、彼女が殺してなくてもいずれ誰かが殺してたような気もしますけどね。

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