物理的領域の因果的閉包性


たまゆら ~もあぐれっしぶ~ 第9話 「心に灯す竹あかり、なので」

2013-08-29 2013



「憧憬の路」は竹原の古き良き町並みを知ってもらおうというイベントですが
アバンで描かれていたように、町の人の創意工夫で出来た竹灯りを楽しみに人々がやってくる。
同じ憧憬の路でも毎年違うように、ぽってが撮る写真も毎回違った見え方、違ったドキドキがあるんでしょうね。

「ほぼろ」のお好み焼きもそう、同じ焼き方で同じ味付けだったとしても美味しく食べてもらいたいという気持ちがそうさせる。
また竹原という場所でちもさんが焼いているからそう思うのかもしれません。手法や手段ではない要素が魅力になることもある。
それが今回登場した夏目の言う「構図や工夫」と、ぽってがやっている「何を写真に収めるか」の違いなんだと思います。

夏目が結婚しているかどうかはわかりませんが、もし息子や娘がいて、いつかぽってが撮った写真を見つけたとき
竹原を訪れて憧憬の路を歩く日が来るんだろうかと想像したりすると、ちょっとした出会いが大きく広がっていきます。
ぽってが思い切って行動したことが、何気ない会話が、当の本人だけではなく関わるすべての人に影響を与えている。

見た景色、撮った写真は自分だけのもの、でも景色を見つめるぽってを見たかなえ、夏目と会話する姿を見たみんなが
自分と同じ景色、自分の知らない景色や姿を知っていてくれる、それだけ知らないことを知るという行為は大切なんでしょうね。
これから知らないことを知っていく彼女たちが、人々に何を残して、自分の心に何を残せるのか。竹原も作品も自分たちも。


テーマ: たまゆら ~もあぐれっしぶ~
ジャンル: アニメ・コミック



【2013夏】 個人的に好きなキャラを書いてみました。

2013-08-26 2013


有頂天家族

◆ 淀川長太郎 (cv.樋口武彦)
何を考えてるかよくわからない人の良さそうなおじさん。でも愛情が度を越していてちょっと変態。
名前の通り見た目は淀川長治、中身はムツゴロウさんっぽい性格。その微妙なニュアンスを演じきってる。
何でもは知らないけど知ってるような雰囲気を醸し出せるのは演技の賜物だし、教授なんだなぁと思わせてくれる。


きんいろモザイク

◆ アリス・カータレット (cv.田中真奈美)
英語はもちろんのこと、日本としのが大好きな純真乙女を変態か?と思わせるくらいまっすぐ演じている。
ラジオを聴いてもらえればわかりますが、何処に飛んで行くかわからない感じは中の人と完全一致、膝パンである。
きんモザのキャストは烏丸先生やしのの姉を含め隙が無いので誰を選ぶか悩むところ。アリスの処女性に期待(ぇ


幻影ヲ駆ケル太陽

◆ 白金ぎんか (cv.巽悠衣子)
キスシスやクェイサーなどそっち方面の印象の強い巽悠衣子ちゃんですが、リトバスあたりから良い流れがキテマス。
植田佳奈ちゃんや松岡由貴ちゃんが演じることの多かった関西弁キャラ、世代交代の流れが巽悠衣子ちゃんにキタ。
竹を割ったようなはっきりした性格ながらも複雑な想いを抱えてるキャラを見事に演じてます。まぁ生き返るでしょうね。


Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ

◆ マジカルルビー (cv.高野直子)
目立つキャラなんで当然と言えば当然なんですが、遠坂家とアインツベルン家って両方母親に恵まれてませんよね。
そういう運命になったから致し方ない部分もあるんですが、ルビーは母親の代わりを演じてるんじゃないかと思います。
口が悪くて意地汚いように見えますが、いつも愛情があって母性を感じます。声優さんてほんとすごいと実感しますね。


げんしけん 二代目

◆ 荻上千佳 (cv.山本希望)
中の人が好きという理由以外に山本希望ちゃんの作品に対する思いがパないんですね、ビシビシ伝わってきます。
彼氏がいて絵が上手い、なんでもできちゃうから面白くないキャラに思えますが、まとめ役としての要素は完璧です。
いろんな人の気持ちが理解できるし努力もしている、そんなニュートラルな立ち位置のキャラが一番難しいと思います。


銀の匙 Silver Spoon

◆ 御影アキ (cv.三宅麻理恵)
選んだ理由としては上の荻上と同じですね、ヒロインらしいヒロイン、キャラが濃い中でのニュートラルな立ち位置。
三宅麻理恵ちゃんと言えばピンドラの苹果ですが、アクの強いキャラからアイドルらしいアイドルまで幅広く演じてる。
性格がはっきりしたキャラより普通っぽい女の子のほうがニュアンス的にも難しいでしょうね、いい演技だと思います。


テーマ: アニメ
ジャンル: アニメ・コミック



有頂天家族は、オードリー・ヘプバーン泥棒。

2013-08-13 2013


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供養 【くよう】 とはサンスクリット語の プージャナー 【pūjanā】 の訳で、死者の冥福を祈って追善を営むこと。
また仏教と関係なく死者への対応という意味で生き物でない道具等に対しても使われる。追善は死者を弔う儀式のこと。

淀川教授の食に対する考え方は供養と似ている。バラモン教では供犠 【くぎ】 といって何らかの報酬を求めたり、
感謝の意を表すために神々に犠牲を捧げる ヤジュニャ 【yajña】 という言葉があるが、供養と意味は異なるらしい。
つまり見返りを求めて生け贄にさせるのではなく、死者に尊敬の念を持って食物になってもらうということなのだろう。
好きだから食べてあげたい、好きなタヌキに食べてもらいたい。という感情は 「いただく」 という謙譲語につながる。
某美食屋そのままだが、あれに出てくる 「食義」 とは感謝と敬意を片時も忘れずに常に心の中心に据えておくことである。

弁天や矢三郎、淀川教授や総一郎などの生き様を見てると、同じP.A.WORKSの 『花咲くいろは』 を思い出す。
劇場版はまだ見てないが、夫が死別しているところや親子の生き様を描いてるところなど、共通点は多い気がする。
女将の芯の強さは淀川教授の哲学にも通ずるし、弁天の強さに隠れた弱さは皐月に、矢三郎の自由奔放さは緒花に似てる。
設定は違えど家族・絆・舞台背景など、大筋の部分では似通っている。でもなぜか有頂天家族のほうが感情移入しやすい。
それはもちろん自分が男であるという理由もあるが、メインキャラがタヌキと天狗というのが大きな要因なのかもしれない。

ジブリ作品を例にしてみても、獣や動物、豚やタヌキなどなど、人のような人でないものが多く登場している。
マスコットキャラクター的というよりも、人外だからこそ人間という性質が透かし見えるんじゃないかと思っている。
視聴者の器という意味での人形や物、それが作品の象徴と成り得るマスコットと呼ぶべきものなのかもしれない。
マスコットは幸運をもたらすという意味だが、元々は魔女や魔術を表す言葉らしい、念を込めるような意味合いを感じる。

もちろん巧みなセリフ回しや魅力的な映像やキャラクターデザイン、音楽などがあってこその有頂天家族だが、
様々なキャラの考え方や方向性を指針にしながら作品を見ていくと、自分の方向性まで示してくれそうな勢いがある。
この作品から学べるところがあればどんどん吸収したいし、そう思わせてくれる作品に感謝しながら視聴していきたい。


テーマ: 有頂天家族
ジャンル: アニメ・コミック



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