物理的領域の因果的閉包性


プラスティック・メモリーズ 第9話 『祭りの後』

2015-05-31 2015


カヅキがペアを解消しろと言った理由、それはツカサを思いやっての判断だと思われるが
同時になぜアイラとのペアを解消したのか、なぜ心のケアを大事にするようになったのか、
それが物語の核になる部分であり、大袈裟に言うと他のキャラはただの賑やかしである。

他のキャラが目立ちすぎて焦点が曖昧になるのは、話の構成が下手な証拠である。
結末はどうあれ問題のほとんどが身内にあるのなら、もう少しコンパクトに描けた気もする。




放課後のプレアデス 第8話 『ななこ13』

2015-05-30 2015



ななこが会長の生みの親的存在であったり、ななこを通じてしか意思疎通ができない理由だったり、発見が多い回でした。
すばるが作った旅のしおり、地球を合わせて数えると7つ目がカケラのある場所になり、ななこ(7個)にかけたダジャレ?
あとすばるが作ったお弁当、北斗七星になっています。これもななこ(7個)を意識して作ったんだろうなぁと想像できます。


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プレアデスはいつもサブタイがユニークなので今回はアポロ13と関係があるんだろうとか、忌み数の13と関係が、とか
散々調べた結果、答えは単純でした。13歳の誕生日だったんですね。あと父さんが「青でよかったかなぁ」と言ったのは
プレゼントする万年筆の色だったんでしょうね。これで手紙を綴る。家族は離れてても繋がってるだと感じさせてくれます。



声優の演技とはどういうものなのか考えてみる

2015-05-29 その他


声優さんの演技とはどういうものなのか、自分なりにネットで調べたり考えたりしてみました。
声優グランプリWEBの「声優道」というインタビュー記事の中で、増岡弘さんはこう言っています。

・ 声優の仕事は「声を作ること」ではなく、「人物を作ること」。
・ 誰かのモノマネをしてみると良いと思います。
滝口順平さんのような個性的な喋り方とか、口を大きく開けない喋り方とか、
いろんな喋り方を試してみると「あ、こういう表現もあるんだ」と気づきます。
このように “自分の中から他人を取り出す” 作業をしていくと、やがて自分が見えてくるのです。

「声をあてる」という行為を想像してみると、声をキャラの中に入れ込むイメージ。
増岡さんが言っているのは、その前段階でキャラに合う自分を用意しておくという解釈になると思います。
また、エムサスタイルという斎藤千和さんの宣伝番組があったんですが、そこに巽悠衣子さんがゲストに来たとき
「アフレコのときマイクを意識しないためにはどうしたらいいですか?」という質問に、千和さんはこう答えています。

↓音声を用意してますので聴いてください






要は「キャラに自分を預けるからマイクは意識しない」というもの。キャラに自分自身を投影させてるということ。
声を作ってキャラに反映させるのではなくて、自分の中にある人物をキャラに移し替えるということなんでしょうね。
よく「キャラが降りてくる」と表現する声優さんもいますが、それは自分の中にあるキャラと上手くシンクロしている、
同調できている部分が多いから乗り移った的な表現になるんだと思います。ここまでくるとスピリチュアルですね。

また、同じ「声優道」のインタビュー記事で、藤原啓治さんはこう言っています。

芝居には、どこか「自分を取り戻す」という作業に通じるものがあるように感じているんです。
以前、とある精神科を見学する機会があったのですが、そこで行われていたセラピーを見てびっくりしたことが、
深く印象に残っています。人形を使って、患者さんたちにセリフを言わせている……演じさせているのです。
そうやって、患者さんが言いたいことを言葉として口に出させ、他者との関わりを持たせていくという治療の一環
なのだということだったけど、この光景は僕にとってとても感動的でした。それが芝居の持つ力だと感じたんです。

つまり、他者(キャラ)との関わりを続けていくことが「自分を取り戻す」という行為につながる。
ここでの他者は自分ではない人であったり物なわけですが、自分の中にある他者と言い換えることもできます。
増岡さんの言う「自分の中にある他人」と対話することによって、よりキャラが洗練される、自分自動更新ですね。
それがステレオタイプではない、個性的な、自分だけのキャラになっていく過程のような気がします。奥が深いですね。



花ひらき はな香る 花こぼれ なほ薫る

2015-05-29 その他


声優さんのラジオを本格的に面白いと思って聴くようになったのは「広橋涼の超ラジ」からなので、たぶん2010年くらい。
もちろん好きなアニメのラジオは聴いてたんですが、声優さんの声をラジオでも聴ける超うれしい!くらいの感覚でした。
それから仕事の関係でアニメを見れる状況ではなくなったとき、ラジオやニコ生が唯一の娯楽であり癒しになりました。

ラジオばかり聴くような時期を経てアニメを見る生活に戻ると、内容が好みじゃなくても普通に視聴できるようになったり
声優さんの演技の幅が理解できたりと、今までにはなかった見方や捉え方がスキルとして備わったように感じられます。
反面良いことばかりではなく、声優さんの好き嫌いが激しくなったり、演技のキャラ声に違和感を覚えたりすることもある。

アニメもラジオも声優も何もかも中途半端に知ってる程度なので、それが知識になって何かに反映できるわけでもない。
でもいろんな視点から作品を見れるようになったのは確かなので、それを文章にして残していければなぁと考えています。
自分の気持ちは誰かが代わりに伝えられるものではないし伝わるものではないから、墓石に刻む思いでがんばり、たいな。




視点と論点から考える感想と考察の違い

2015-05-27 その他

・ してん【視点】 物事を観察する立場。観点。
・ ろんてん【論点】 議論の対象となっている問題点。


アニメを見るとき 「何を見て」 「どこを見ているのか」 によって人それぞれ感じ方は変わってくると思います。
キャラを見るのか、動きを見るのか、背景を見るのか、それだけでも捉え方に大きな差が生まれてきますよね。
また、画面の前の自分目線で見るのか、キャラの誰目線で見るのかによっても見え方はかなり違ってきます。


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響け!ユーフォニアム 第5話 「ただいまフェスティバル」 ではサンライズフェスティバルの様子が描かれていました。
波野淵紺さんの記事 「京アニ一(いち)」への予感―『響け!ユーフォニアム』の衣装から を参考にさせていただくと
北宇治高校のマーチング衣装について、たまこまーけっと、たまこラブストーリーと比較した内容が書かれています。

例えば色に注目すると、赤・白・青のトリコロールカラーになっているので、フランスの国旗がすぐに思い浮かびます。
wikiを見ると赤は博愛(友愛)、白は平等、青は自由の意味がある。またアメリカの国旗も同じ色を使っていますよね。
調べてみると赤は勇気、白は真実、青は正義とあります。色だけを考えてみても想像の余地がかなり広がってきます。

「何を見て」 「どこを見るか」 で分岐点ができて 「何に疑問を持って」 「何を問題視するか」 によっても答えが変わる。
ただ注意してほしいのは、ただの手段であって方法論でしかありません。手紙とメールとLINEの違いみたいなもの。
手段だけに頼るとすぐに万策尽きる。様々な方法論を知った上で自分の感情と折り合いを付けるのが考察なんです。



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