物理的領域の因果的閉包性


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アニメマイベストエピソード10選

2016-08-31 ベストエピソード


元記事:アニメマイベストエピソード10選 - an-shidaの日記 @an_shida



世紀末オカルト学院 Episode.06「文明の道程」


脚本 綾奈ゆにこ 絵コンテ・演出 中村亮介


大切なものを忘れてしまった少女(演:花澤香奈)を軸に、忘れた何かをコミカルかつ抒情的に探す話。中村亮介を初めて意識した回。オチがくだらなすぎるところも最高。



赤毛のアン 第46話「マシュウの愛」


脚本 千葉茂樹 白石なな子 絵コンテ・馬場健一 高畑勲 演出・馬場健一


赤毛のアンはとても好きなアニメで、一本選ぶならこれ。

4クールある作品だけど序盤はアンも幼く1話で半日とか数時間くらいということもあって時間の流れがゆったりとしている。

中盤以降はアンも進学して作中の時間の流れも早く、レイアウトの宮崎駿が抜けたこともあって、画面も淡々と進んでいく。

「もっとたっぷりとした時間を味わいたいなあ、最初の頃の濃密な時間はもう訪れないのかなあ」と思いながら話数をどんどん消化していくけど加速度的に時は流れていく。

だからと言ってドラマティックな事件が起こるかというとそうでもない。少年時代が急速に失われていくような寂しさを何時間も何話もかけて味わっていくと、無口なマシュウがアンへの気持ちを初めて口にする場面にさしかかる。

そうさのう、わしゃあなあ、アン。1ダースの男の子よりもおまえにいてもらう方がいいよ。
いいかい?1ダースの男の子よりもだよ。
そうさのう、エイブリー奨学金を取ったのは男の子じゃなかったろ? 
女の子さ、わしの女の子だよ。わしの自慢の女の子じゃないか。アンはわしの娘じゃ。


長いこの作品でマシュウがアンをこれだけ長い言葉で語ったのは他にない。猛烈な速さで子供時代が過ぎていく、零れ落ちていくなかで、この朴訥な語りは何よりも優しい。

見どころのある回は他にもたくさんあると思うし、演出や作画の際立つ回もあると思うけど、淡々とした中の抒情がとても好きだ。



機動戦士Vガンダム 第51話天使たちの昇天


脚本 園田英樹 絵コンテ・演出 西森章


暗い富野監督作品。

思春期に観て強い衝撃を受けた一作。悪役であるカテジナは多くの人を殺し、暴虐の限りを尽くす。最後には全てに敗れ、盲目になるものの生きながらえ、自らの行いを誰からも責められることなく、誰も味方にも敵にもならず、それでも生きているそのラスト。罰でもなく地獄でもなく、生のみがあるこのラストに20年経ってもまだ余韻が残っているような気がする。この独特な作品の着地が、心をとらえつづけているのかもしれない。



OVERMANキングゲイナー 第17話ウソのない世界


脚本 大河内一楼 絵コンテ 斧谷稔 演出 五十嵐達也


明るい富野監督作品。本作の敵は序盤でいきなり時間停止など掟破り的チート的豪快さがあったが、それにならってこの話の敵は相手の心を読む。

その倒し方が「片思い中の人への愛の告白を延々心の中で叫び倒して敵がうんざりして油断したところを攻撃する」というふざけたもので、しかもそれが想い人にも聞こえているという、痛快なまでに明るい一本。

敵がいて、好きな人がいてー、くらいの知識でも余裕で見れると思う。



彼氏彼女の事情 ACT16.0「永遠の点綴」


脚本 庵野秀明 絵コンテ小倉陳利 演出 安藤健


淡々とした抒情が素晴らしいと思う。台詞でないナレーションの言葉の強さも印象的だ。話を忘れても余韻がずっと残ってるような一本。



血界戦線 第4話BLOOD LINE FEVER


脚本 古家和尚 絵コンテ 松本理恵  演出 筑紫大介


この話数が好きなのは単純に『血界戦線』の中でいちばんシンプルにTVアニメしていたからだ。

軽妙なギャグパート、気の利いた台詞、謎めいた設定、とにかく強そうな敵、熱くかっこいい必殺技。TVアニメのフォーマットの典型に収まりつつ、それでも松本理恵が強く自己主張している。ああ面白かった!で終わってそれでいい。



てーきゅう 第4話 先輩とグーニーズ


脚本他 板垣伸


オチが最高。台詞はこのぐらいのテンポでよいと思います。



プロゴルファー猿 第70話 猿 絶体絶命!!


脚本 城山昇 絵コンテ・演出 西村純二


ゴルフ勝負をするアニメで主人公の必殺技はボールをグリーンの旗に当てそのままチップインする「旗包み」。

とにかくこの技が強くそこまでどうやって持っていくかという展開は毎回子供心にその画の迫力もあって手に汗握って観ていた。逆に旗包みが出ると、ああもう決まりだなと思っていた。

といったところでこの回はなんと旗が金属製でボールを跳ね返すという「そんなんありか」というもの。だが暗めの画面とそのただならぬ雰囲気で一本観せてしまう。

冷静になると「ねーよ」と思うけど実際見ると引き込まれてしまう。そんな話。



プリティーリズム・レインボーライブ 第13話 心をつなぐ虹のかけ橋


脚本 坪田文 絵コンテ 青葉譲 演出 小林浩輔


ライバルの演技に圧倒されステージ上で緊張のあまり泣き出してしまう主人公「なる」。曲を提供したコウジはなるのために客席から歌い、なるを勇気づける。落ち着きを取り戻したなるは見事演技を成功させる。そしてコウジのライバルであるヒロは、コウジがなるのために勇気を出して歌ったことに強いショックを受け、さらなる策略を巡らそうとするのであった……。


というあらすじからは全く想像つかないぐらいわけわからない画面になっていて、菱田正和ここにあり、という感じの一本。

菱田流の

ストーリーの骨格=オーソドックスなくらいよくわかる

出来上がった作品=全くわからない 

という図式は揺らがない。大好きですよ。



Go!プリンセスプリキュア 第1話私がプリンセス?キュアフローラ誕生!


脚本 田中仁 絵コンテ・演出 田中裕太


毎年新シリーズの始まるプリキュアの1話として完璧。作品としてだけでなく1年4クール作品の1話として一切の不足がない。とても長くなったので別項を立てた。

Go!プリンセスプリキュア1話を振り返りたくなった。


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マイベストエピソード9選

2016-08-31 ベストエピソード


元記事:マイベストエピソード9選 - アニ鳴館.info @animei2710



・ 魔法の天使 クリィミーマミ(第46話) 私のすてきな ピアニスト


年に一度くらいのペースで、繰り返し見ている作品。

もともと、ファンの間では非常に評価の高い回であり、この企画で取り上げるには今さらな感もありますが、それでも語りたくなる魅力が詰まっています。
その魅力として語り尽くされている部分は、私よりも遥かにこの作品への造詣が深い小黒祐一郎氏の評論ふーみん氏の感想を参照していただくとして、その出がらしとして、私の個人的な着眼点を少し付記したいと思います。

行きがかり上でマミとしてスカウトされた優にとって、スターになる(スターである)ことそれ自体は、夢や憧れではありません。そのことは作中でもさんざん明言されていますし、魔法を返してマミとしての生活を終えることになるラストエピソードに至っても、ファイナル・ステージに臨むにあたっては、「優自身の思い入れ」というよりは「応援してくれた人たちのためにも、きちんと終わらせたい」という動機の方が全面に出ているくらいです。
その優が、「ずっとマミのままでいられればいいのに」というセリフを口にする衝撃が、この話の肝でしょうか。蓋がなくて猫もいなければ大丈夫という幼い発想から、そのすぐ後に自分が「残酷なことをした」と気付く……。たった1カットの中で、誰かのためを思って“少女が子供から大人へと変化する瞬間”が描かれています。

そして、「もう誰にも嘘はつきたくない」という感情を織り込み、ピアノ伴奏でこの回のために録り下ろされた「LOVEさりげなく」に聞き惚れる数分間は、永遠にこの時間が続きそうな錯覚に陥ります。
近年のアイドルアニメで定番となった、動画枚数やCGを使ってグリグリ動かす“ライブ”とは正反対な作りですが、数ある“ライブシーン”の中でも、私が思う文句なしの最高峰です。



・ 光の伝説(第18話) ゆれる想いを 受けとめて


「作品としてはベストに選ばないけど好きな話数」というコンセプトに忠実に選ぶなら、これを外すわけにはいきません。
『光の伝説』という作品自体は、望月智充さんの初監督作品です。後の望月さんの作風のプロトタイプというか、「演出の見本市を楽しむ」ような作品でした。
新体操のサクセスストーリーである原作に比して、アニメでは物語の印象がかなり薄く、完成度という意味では正直言って疑問符が付くところが多くあります。

そんな中で目を見張ったのが、この第18話です。それまで、静かに慎重に配置してきた“一人一人の想い”が、ファンレターという一つのきっかけから、ドミノ倒しのような勢いと連鎖で動き始める展開が圧巻。
たとえば、主人公・光の内面では、この回だけで驚き~決意~後悔~葛藤という幾重もの緊張感と、姉の胸で泣いて言葉にすることで解き放たれた安堵感、それに全国大会という道が開けたことに暗喩される解放感が描かれています……。こうしたいくつものステップを、分断させることなく“1話”の中で一続きの感情として描き出しており、とても濃い時間になっています。
この回に限って言えば、「少女漫画としての文法」と「望月監督の作劇の文法」の噛み合わせが、最高の形で決まっていました。



・ ピーターパンの冒険(第1話~第2話) 早く来て!みんなの憧れピーターパン/ネバーランドへGO!GO!GO!


厳密には「1作品につき1話だけ」というルールに反しますが、初回1時間スペシャルとして放映され、VHS版でも1時間バージョンで収録されていた(この形で初見)ということで、レアケースとして大目に見ていただけると幸いです。もちろん、2話セットで切り離すことのできない一連のストーリーになっている作品です。

語弊を恐れずに言えば、第3話でネバーランドへたどり着いて以降の本編は、善くも悪くも“普通の冒険活劇アニメ”という色が濃くなります。しかし、この初回1時間スペシャルを見終えた直後は、老若男女問わず誰もが抑えられない高揚感を覚えること間違いなしです。
“ピーターパン”という謎の存在について調べるウェンディとジョン、影をくっつけようと試行錯誤するピーターパン……といった一見些細な描写の数々から、これからネバーランドという素敵な舞台が待っているのだと、ドキドキ、ワクワクが高まっていく流れが見事。
「(これから起こるであろう)楽しいこと、夢のあること」=作中で空を飛ぶために必要なことに、視聴者自身も存分に感情移入していくことができる序章です。



・ エスパー魔美(第116話) 最終戦


多くの人に共感していただけるとは限りませんが、プロ野球に贔屓チームを持つファンであれば、何かしらの思うところがある作品ではないでしょうか。
引退の舞台を見届ける親子に、往年の名選手に自身の行く末を委ねようとする老人。これに野球のことをよく知らない魔美を含めて、登場人物の全ての言葉とそこに込められた感情が分かりすぎる。特に、老人の心変わりの前と後、どちらの感情にも説得力があるのが胸を打ちます。



・ わたしとわたし ―ふたりのロッテ―(第23話)ごめんなさい! お母さん


「あなたのことよ、ルイーゼ」。この一言が、この回の全てでしょう。同じ屋根の下で暮らしている母が子の名前を呼ぶ。そんなシーンが、息を呑むように見守るシチュエーションに仕上がっています。
前述した『光の伝説』では“1話”という尺の中で胸を去来する感情の変遷に唸りましたが、本作は、驚き~戸惑い~嬉しい~ごめんなさい……が、持っていたお皿を落として目を見開く(セリフなし)、その“一瞬”に全て凝縮されています。



・ マーメイドメロディー ぴちぴちピッチ ピュア(第91話) 夢のその先へ


当時の反響をご覧ください。リンク先はあくまでも作品全体を通しての感想ですが、第91話(最終話)は、その全てが詰まった回。言いたいことは全て書かれています。

昨今のいわゆる“ネタアニメ”の流れを作った作品の一つですが、この最終話の衝撃と、本作が放映された2004年12月24日から26日頃にかけて感想サイト・ブログを巡回しているときに味わった謎の一体感は、以降のどんな作品にも太刀打ちできない経験でした。多少大袈裟に言えば、その数日間が、アニメファンとしての私自身の一つのピークだったような気がします。



・ 戦争童話 ふたつの 胡桃


トリッキーなギミックや綿密なSF考証はありませんが、それでいて、確かに「タイムトラベル物」だからこそ作れる物語が紡がれています。
スッキリした話の構造の中に、「昭和20年の暮らし」「いつの時代も変わらない少女たちの交流と好奇心」そして「戦後復興の予感」までもが丁寧に盛り込まれ、非常に見応えのある作品となっています。

前半では、寺の土地が畑として使われていたり、犬の供出、子供から食べ物を奪おうとする大人たち……といった、戦時下の疲弊も極まった世相が映し出されます。その一方で、12歳の彩花と友子が仲良くなる過程がいつの時代も変わりない姿として描かれており、現代と昭和20年の“世界”の対比が、短時間で巧みに導入されています。

この土台をもとにした後半の展開の濃密さが絶品。
母ちゃんが炎の中から運び出した仕事道具は散乱したまま持って行けず、託された弟が目の前で爆風にやられるのもただ見ていることしかできなかった。(比喩ではなく、文字通り)命を賭した母ちゃんの行動も遺言も殆ど意味をなさなかった、まさに無駄死になわけですが、けれどもそんなことを考える間さえもなく、友子は生き延びるために次の行動を起こさなければならない。
そんな無情さを目の当たりにして、空襲がくると知っていたはずなのに、伝えること助けることもできなかった彩花は、自分の未熟さに泣き崩れます。

ところで放映当時、あるブログでこんな感想がありました(要約)。
“空襲のさなかに突然、昭和20年の世界から現代へ戻ることになる彩花が、愛犬ライアンを置き去りにしたことが、同じ愛犬家として理解できない。”
指摘されている飼い犬の交換について、私は、この物語を完成させるうえで欠かせないシーンだったと思います。信頼するライアンに友子を託し、ライアンと一緒に犬狩りから逃れる日々だったハナを安全な場所へ連れてくる。未熟なままほとんど何もできなかった彩花が、唯一、“何か”を昭和20年に残したという証です。

民間人が犠牲となる空襲の非情さをこれでもかという筆力で描写する一方で、暗喩的ではあるけれども、戦後の復興に明るい兆しを見せる内容配分も秀逸です。
単純にストーリーを組み立てるうえでは、彩花がタイムスリップの真相を友子に教える必然性はありません(20世紀前半の子供の遊びや暮らしに時間を割く方が、後半の感情移入がより容易になります)。しかし、ここで携帯電話というアイテムを取り出したことで、空襲で文字通り何もかもを失った友子が、それでも“必死に生き抜けば明るい未来を信じられる”ことの伏線になるのです。
本編で描かれないシーンのために「伏線」というのも変な話ですが、視聴者は東京大空襲の後に続く日本の歴史を知っているわけで、これからその時代を生きることになる友子に姿に思いを馳せるように仕向けているわけですね。12歳の友子は、父親の復員までの短く見積もっても半年から1年ほどの時間を、家族も友人も喪って自力で生きたことになります。明るい未来を確信させる存在としてライアンを友子のもとに残したことの意味は、そこにあります。

ここまで見てきたように、慰霊碑が友子を生きながらえさせる鍵になり、携帯電話で遊ぶシーンは「未来」を知る存在であることを決定づけて彩花の言葉に説得力を持たせ、ハナとライアンの脱走でライアンと友子の信頼関係を作る。……描かれてきた全ての場面が、クライマックスの“生きるか死ぬかの状況”にあって、「彩花はライアンに友子を託し、友子は彩花の言葉を信じて法倫寺へ向かう」ことに繋がっているわけです。
そして、何より印象深いラストの60年越しの再会の後は、終戦から戦後復興期の辛苦、そして高度成長の新しい時代への希望などが、隔てられた時間の分だけ語られることは想像できます。「東京大空襲から共に逃げ延びた友人」として、また「今の彩花に繋がるまでの時代を生き抜いた人生の先輩」としての友子の存在。今度は友子の方が時間を越えて彩花と出会う形で、物語の構図としても綺麗にまとまっているのではないでしょうか。



・ ドラえもん[シンエイ動画版第2期](2008年5月30日放映分) しずかちゃんへのプレゼントはのび太


現在は自然消滅してしまいましたが、現行シリーズの『ドラえもん』初期には、未来の静香が、(たびたび未来にやって来る)現在ののび太たちの存在を認識しており、干渉しない距離を保ちつつ優しく見守っているという設定がありました。本作はそれが生かされたエピソードの一つで、原作や旧シリーズにない独自要素のバランス感覚が優れた方向に発揮されています。

ともかく、起・承・転・結のどれを取っても「ドラえもん」らしさ満点の面白さ。ひみつ道具は大活躍で、ジャイアンとスネ夫は適度(?)に意地悪で、のび太と静香は今も未来も素敵な関係を作っている。また、不審者である未来ののび太を自分の傘に入れてあげる静香ちゃん、という他の作品ではちょっと難しいシチュエーションが自然に見られるのも、『ドラえもん』の世界観の強みです。
ラストシーン、未来の静香の「なんで昔ののび太さんたちがいたの?」というセリフが、ごくありふれた自然な言い回しとして出てきて、なんとも言えない感動があります。重ねて、ハンカチの伏線回収のやりとりの爽やかさで、さら頬が緩む。

10年を超える現行シリーズにおいて、量産されているアニメオリジナルエピソードの中でも屈指の作品です。
もしも、この話が原作短編にあれば、多くの読者にとってお気に入りエピソードになっていたことは間違いないでしょう。一方で、原作短編には、この話をこれほど感動的に演出する土壌はなかったような気もしており、その意味でも出色の出来と言えるでしょう。



・ けいおん!!(第23話) #23 放課後!


感慨を持ってこの場所を去る時が刻一刻と差し迫りつつも、私生活の面では、進路が決まって新生活まで束の間の自由時間でもある――。
そうした端境のひとときといえば、個人的には『3年B組金八先生』第4期の「卒業直前スペシャル」が傑作だと思ってきましたが、“らしさ”を貫いた意味では、見劣りしない作品がここにありました。細やかな機微までもを存分に描写した一編です。

軽音部の部室は3クールのシリーズで丹念に描いてきた空間なので、王道であれば、スタッフとしても感慨をもって「去り際に部室の扉を閉める」場面が入るところですが、それを描かずに談笑で終わらせたのは非常に意味深いと思います。
彼女たちの3年間の「証拠」を残す展開を盛り込み、その「最後の瞬間」を明示せずに終わらせる。これは、視聴者のため(余韻を持たせる、作品を過去形にさせない……言い方はいろいろ)という側面もあるのでしょうが、個人的にはもう少し作中の世界観に即した解釈をしてみたいところです。
「部室の扉を閉めるシーン」は、作り手の意図するとせざるとに拘わらず、「気持ちの区切り」の解釈・印象を与えてしまいます。ただ、唯たちが部室を去ることへの感傷に浸るシーンはあるけれども、これはあくまでも部室という空間への感傷であって、「気持ちの区切り」の意味は感じていないように見えます。
同じ大学へ進む4人の関係は続くし、下級生である梓にとっては部室で過ごす時間の終わりではありません。それでも、もう少し時間が経ってみれば、単に高校生活の延長線上ではいられないこと、部室を去ったあの日が「区切り」だったことに気付くのですが、それは今このシーンでスタッフが“大人の上から目線”で描いてみせることではないのだ、という……この辺のスタンスが、『けいおん!』の“らしさ”として貫かれた部分なのかな、と考えています。





マイベスト<美少女アニメ>エピソード10選

2016-08-31 ベストエピソード


元記事:マイベスト<美少女アニメ>エピソード10選 - highland's diary @highland_sh



『迷い猫オーバーラン!』第1話「迷い猫、駆けた」

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監督・脚本・絵コンテ・演出:板垣伸/作画監督:石川雅一

『迷い猫』、意外と好きな人が多いみたいで個人的には嬉しいです。バラエティに富んだ内容の中でも、1話は総合的に見てレベルの高い回だと思います。

『迷い猫』は各話監督制のほぼオムニバス形式でありながら、シリーズ全体で一つの筋に通ったストーリーをするということをやっています(これについて、放映当時はいろいろと毀誉褒貶がありましたが)。

で、普通に考えてこういった形態の作品の1話ってすごくハードルが高いと思うんですよ。

・まず、1話の役割として、舞台設定や各キャラクターの人物像・背景についてはしっかりと 説明しなければならない。

・2話以降の監督がどう原作をアレンジするかがわからないので、原作の世界観・キャラから逸脱し過ぎてはいけない。加えて、2話以降の内容については責任が取れないので、1話で出した要素や伏線は話数内で全て完結させなければならない。

・もちろんエピソード内にドラマの盛り上がりを作り、一本の作品として見応えあるものにしなければならない。


以上の三条件が前提として課されているわけで、まずこれを全て達成した1話になっているのが凄い。

内容を見ると、ストレイキャッツの面々と芹沢文乃、梅ノ森千世、三人くらいの視点でイベントをパラレルに進行させたり、結構アクロバティックなことをやってるんですよね。かなり強引な説明台詞も、インパクトのあるマンガ的な絵を積み重ねることでテンポ感を持続させている。

アバンタイトルの意表を付くパンチラもそうですが、「一秒も無駄にしてはならない」という意識のもとで作られているのが分かる。出崎さん風に言えば「時間を無駄にしてはいかん!」という感じ。

また、それだけでなく、この挿話はヒロインである芹沢文乃(伊藤かな恵)のパーソナリティを掘り下げた回になっているのが高ポイントです。

あくまで彼女は記号的な「ツンデレ」で「意地っ張り」ヒロインなんだけど、それを単に記号的に処理するのではなく、弱者を救うことに敏感であるという描写を重ねることで、過去の生い立ちからパーソナリティを説明している。それでいて変に湿っぽくならず、泣かせとコメディのバランスで見せるのが優れていると感じます。

板垣監督のコメディとしては『ベン・トー』とも『てーきゅう』とも違った感触があって、そこも魅力です。



『苺ましまろ』第2話「アナ」

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脚本:横手美智子/絵コンテ・演出:神戸守/作画監督:阿部達也

日常系美少女アニメの金字塔である『苺ましまろ』。

1話で伸恵家周辺の4人を描いて、2話はアナ・コッポラの初登場回ですね。

2話はアナのエセ英国人キャラによって生じるコミュニケーションの齟齬を徹底的にギャグにしている。転校初日の話から始まり、学校での会話劇があり、最後に名字が出ることで全体のオチになっている。

「間」を活用したギャグがツボにハマる回で、アナが膝を付くとか、美羽がへたれこむとか、ギャグカットを出すタイミングが見事。

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加えて、おそらくアナと重ね合わせる形で、「桜」がフィーチャーされています。転校先での失敗や、悲喜こもごもも含め、新たな出会いを祝福するって意味も感じられますね。地面の溝に桜の花びらが溜まっていたり(情景)、アナの気持ちを代弁するかのように桜が排水口を下流に向け流れて行ったり、こういう丁寧な描写が地味にいいです。

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2話での「ぐぬぬ……」は後にネットミームになった。

神戸守ファンの間では昔から6話「真夏日」がかなり評価高くて、この前のアニメスタイルでの特集でも結構6話の話題は多かったですね。もちろん6話も技術的に凄いことやってる回ですが、2話は「原作の『苺ましまろ』の面白さを、一番最初に的確にアニメで表現した」回というところがあって、魅力に感じています。

余談ですが、神戸守さんのコンテ回は『苺ましまろ』『バッカーノ!』がオススメ。



『セラフィムコール』第7話「柊彩乃〜<私>という逆説(パラドクス)〜」

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脚本:村井さだゆき/絵コンテ・演出:原博/本橋秀之

『セラフィムコール』は1999年放映の深夜アニメ。

小津映画やサンダーバードのパロディをやったり、はては固定カメラの長回し・時系列シャッフルなど、実験的な要素を数多く取り入れたことで知られています。そのせいか、今や「美少女アニメ混迷期を象徴する怪作」みたいに語られることの多くなったシリーズですね。

ちなみに、熱い『セラフィム』語りとしてはturnxさんの以下の記事が印象深い。

ヒロインオムニバスアニメとセラフィムコール - 生ビール

(そういうわけで、)今となっては(熱心なファン以外は)『セラフィム』をシリーズ通して見る意味はそれほどないかと思うのですが、エピソード単位で見ればわりに楽しめる回も多く、中でも7話は出色の出来です。

7話は25歳の英語教師・柊彩乃をヒロインとした「数学アニメ」がコンセプトになっています。 初見時、数学の定理や論理学をそのままストーリーの構造に取り入れている点に驚かされ、「こういう着想からのお話の作り方もあるんだ」と、感心したところがあります。もっとも、こういう発想で脚本を書く人は、アニメ界で村井さだゆきさんくらいでしょうけど。

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お話のアイディアは、大体「『ゲーデルの不完全性定理』の道具立てを用いて作品を入れ子の構造にし、それにタイムパラドックスを絡め、無限ループにする」というもの。非常に観念的なテーマですが、「扉を開く」ことを契機に「自らを解き明かす」という幻想的な演出になっている。それでヒロインの心情に沿ってお話が進むので、自然と見ていられるんですよね。こういう、ロジカルでいて気の利いた構成は好きです。

裏テーマとして示される「愛」が、観了後に不思議な感動を残すところが気に入っています。やや大げさに言えば、裏『千年女優』みたいな話になってるんですよ。



『フタコイ オルタナティブ』FILM-03「エメラルドマウンテン・ハイ」

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脚本:金月龍之介/絵コンテ・演出:平尾隆之/作画監督:山本佐和子

「電撃G's magazine」の読者参加企画『双恋』のアニメ化第二弾であり、探偵モノとしてリアレンジされた『フタコイ オルタナティブ』。

下町ラブコメディともアクションともスラップスティックともつかない独特の作風で、オンリーワン感の強い作品です。

探偵事務所に居座ってる沙羅・双樹の白鐘姉妹少女と 主人公・双葉恋太郎 は二人ではなく三人で居るのが心地よい関係で、その共同生活を続けようとしている。つまりモラトリアムなんですが、それがいつか終わってしまう予感というか、 どこか刹那的な感じもあって、それが作品全体に叙情をもたらしています。ドラマ的には7 話から9話までの流れがハイライト。

3話「エメラルドマウンテン・ハイ」は、主人公とかつて関係のあった桃衣姉妹が登場する回。桃衣姉妹からの依頼遂行に重ねる形で、過去が回想される。清算されるかつての桃衣姉妹との関係が、今の白鐘姉妹との関係に照射されることで、三人で居られる現在がより一層愛しく感じられる。同時に、失われた夢や思いへの追憶から、痛みが残る。

挿話としてはコーヒーの銘柄である「エメラルドマウンテン」の使い方が上手く、有り体にいえば、自販機で買える缶コーヒーは日常に埋もれているちょっとした「特別な何か」なんだけど、現在から見れば過去への苦い思いみたいなニュアンスもある。

内面描写としての「エメラルドマウンテン・ハイ」をはじめ、ちょっと異様な雰囲気も目立つ回です。平尾隆之さんの、ホラー嗜好が出た回かもしれない。

フタコイの特色でもあった、時系列を入り組ませる構成や反復芸がもっとも効果的に活かされている回でもあります。

白鐘姉妹との馴れ初め話である7話「双葉恋太郎最初の事件」と併せて見るのがオススメ。7話はモラトリアムな空気感の演出が素晴らしいです。



『Gift ~eternal rainbow~』10th Gift「奪われた過去」

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脚本:香村純子/絵コンテ:きみやしげる/演出:古賀一臣/作画監督:東海林康和

『Gift』は美少女ゲーム原作アニメで、制作スタジオはオー・エル・エムの岩佐チーム(後のWHITE FOXですね)、キャラデは田中基樹(=天衡)さんという変わり種。

Giftの10話といえば以前は『Shuffle!』の空鍋回とセットで語られることが多かった回で、ヤンデレヒロインと化した木之坂霧乃の「(一人)糸電話」(9話)が原作クラッシャーとして話題になりました。

喰霊零以前のあおきえいの面目躍如として語られることの増えた空鍋回に比して『Gift』はそれほど聞かれなくなりましたが、特に10話見るべきところも多い回です。

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嫉妬で豹変し、爪を噛み切る霧乃。宮崎羽衣さんの演技も光る


二人の思いが通じ合うことで願いを叶える魔法のような力「Gift」がこの作品のキーアイテムで、それは人を幸せにするためのものだけど、裏切りと結びついて人を暗黒面に落とすこともある。その暗黒面が出たのが9話から10話にかけての展開だといえます。

10話のシナリオが優れているのは小道具の使い方です。プライベートなつながりとしての糸電話に加え、思い出を補強するぬいぐるみとカップ。願いを叶えても誰も幸せにならない皮肉を表すかのように掛かり続ける虹と、止まない雨。

幼馴染の霧乃は主人公との思い出が仇となりピアノ曲を最後まで弾けなくなっていて(このピアノを挿入曲として使うのも良い)、それは糸電話のエピソードに繋がる。

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この糸電話の作劇。後の『ねらわれた学園』『たまこ』に比べると描写の厚みはそれほどないけど、与えるインパクトは十分。本編で1話から描かれてきた、ヒロイン二人の修羅場の総決算ですね。



『To Heart』第13話「雪の降る日」

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脚本:山口宏/絵コンテ:高橋ナオヒト/演出:高橋ナオヒト、深沢幸司/作画監督:斎藤英子、千羽由利子

初代『To Heart』(’98)といえば、間違いなくギャルゲー原作アニメのマスターピースの一つです。

ギャルゲーのヒロインであっても立体的なデザインで描き、そこに肉体を伴って存在するかのようなリアリティを重視する。何気ない日常に焦点を当て、生活の描写を克明に描く。大林宣彦の青春映画みたいな渋い作風なんですが、それでもこの思想の一端は、ゼロ年代に入ってからの京都アニメーションの美少女ゲーム原作アニメにも引き継がれていると感じます。

ベスト作品に選ぶような作品の挿話から選ぶのは反則かもしれませんが、まあこれを選ばなければ、自分に嘘を付くことになってしまうので。最終話は何回も見返して、そのたびに感嘆します。

この回は、前の12話に引き続き志保とあかりの回ですね。クラスでひらくクリスマスパーティーがあり、その買い出しにかこつけて志保が主人公の浩之ちゃんと抜け駆けデートしてしまう。それを知って幼馴染のあかりがもやもやしてしまう、ってところまでが前の回の話で、最終話で、いよいよクリスマスパーティー本番の話です。

この回のハイライトシーンは二つあって、一つ目は風邪で欠席したあかりのお見舞いに行った志保とあかりが会話するところ。二つ目はパーティ当日に風邪を治し、遅れて家を出たあかりを浩之が迎えに行くところ。

前者のシーンはある意味三角関係の修羅場なシーンなんだけど、大袈裟に感情を吐露したり愁嘆場を演じるでもなく、二人ひたすらに淡々と会話を交わすだけです。それでもドラマ上決定的なことが行われているという感じがひたすらに伝わってくるのが凄い。

ドラマ上は志保がここで引き下がるわけですが、湿っぽいところがなく、爽やかな青春の1ページという具合にまとめてしまうのがすごいというかズルいというか。

後者も名シーンです。有名な、キスをしないラストシーン。キスをしない代わりに、マフラーをかける芝居があって、こういうところが本当に美しいです。



『ef - a tale of memories.』第2話「upon a time」

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脚本:高山カツヒコ/絵コンテ:帆村壮二/演出:大沼心/作画監督:潮月一也、古川英樹

アニメブロガーのガキモードさんもブログ記事で書いているように、新房シャフトの作品は基本的に感情移入をはねつける、異化効果の側面が強い。まどか☆マギカのTV版などもその延長線上にあるように思う。

その一方で大沼シャフトのefは凄く没入感の強いフィルムになっていて、新房さんがセーブかけちゃうようなところを全力で一点突破していくようなところが心地良かったシリーズ。特に1期はどの回を見ても抜群に面白かったと思う。

(10話のカウントダウンにいたって、正攻法だとああいう見せ方は全然思いつかないはずなんだけど、じっさいに見てると非常に効果的なんですよね)



1話で主役と成る三組の男女の印象的な邂逅を描いた後、キャラクターがそれぞれに抱える背景を描き、物語のスタートダッシュとなる2話。

帆村荘二さんの絵コンテはわりと大沼さんの1話よりソリッドな作りで、アップとロングのつなぎ、広角・望遠の入れ方が映像のダイナミズムを感じさせる。ナメものの象徴主義、線路と光。それは静かな予兆を感じさせるもので、この挿話の演出として最適だったと思います。

寄せる雲/波の叙情が印象的で、それがラストにガッと結集してくる感じがする。 

ラストからエンドロールにかけて、次回へのヒキの演出が素晴らしい。この高揚感はちょっと忘れられないです。



『ふたりはプリキュア!』第8話「プリキュア解散! ぶっちゃけ早すぎ!?」

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脚本:清水東/(絵コンテ・)演出:五十嵐卓哉/作画監督:爲我井克美

プリキュアに選ばれたなぎさとほのかの二人が初めて喧嘩をしてしまうけど、それにより距離が縮まるという回で、バディものとして二人の絆を深め確かめ合う、今後の礎となるエピソード。素晴らしい百合回ですね。

恥ずかしながら、初代プリキュアはリアルタイムでほとんど見ていなかったんですよね。この挿話は後追いで見てとても面白かったので記憶に残ってます。もっとも、プリキュアファンの間に限らずかなりの有名回なので、自分が語るほどでもないのですが。

構成も演出もお手本のような上手さ。ハコ書きしてみると、驚くほど圧縮されたストーリー。

ほのかの幼馴染をきっかけに二人に気持ちのスレ違いが生じるんだけど、相手と自分との相違を認め、友達としての一歩を踏み出すまでの話を丁寧に描く。プリキュアとしての絆を確かめ合うアイテムや、戦闘シーンイベントまでも全て本筋に絡ませて無駄のない構成になっているのがポイント。

冒頭からのマシンガントークに気を取られているうちに展開に自然に呑み込まれてしまう導入の上手さもさることながら、東映演出家のお家芸のような反復/対比の積み重ねと、エモーショナルなシーンでのカッティング、光と影の演出。

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ここの技巧的な切り返しもふつうの発想じゃなくてなんか凄い。ほのかのソツのなさと、置いてけぼりにされるなぎさの感じ



『青い花』第1話「花物語」

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脚本:高山文彦/絵コンテ・演出:カサヰケンイチ/作画監督:木本茂樹

はあ、小林七郎さんがいた時期のJ.C.STAFFの尊さ……。



「美少女アニメ」と言うには違和感がありますが、原作が「マンガ・エロティクス・エフ」に連載されていた百合マンガということで、セレクトとしてはありだと思います。

万城目ふみ(ふみちゃん)と、奥平あきら(あーちゃん)が、高校入学と同時に再会する。

この1話は初めて見たとき、脳天をガツンと殴られたような衝撃がありました(ノイタミナの『放浪息子』より前でしょうか)。これ以上ないくらいに無駄のない構成と演出で、1話でちゃんと完結している。というかあまりに綺麗にオチていて満足してしまったので、「もうこの1話でこのアニメ終わりなんじゃないのか?!」と瞬間的に思ってしまったくらい。

私事ですが、少女漫画のアニメ化について、個人的な興味から調べていた時期があって。『カレカノ』『花より男子』『ホスト部』『メイド様』『君に届け』『ハチクロ』等のタイトルについて、アニメ版の1話を原作マンガと比較して、どう映像化しているかについて調べていました(結構面白いんですよね、こういう作業)。その中でも、『青い花』は抜群に上手いという感触を持ちました。

つまり『青い花』の1話も、原作と比較してどう足し算/引き算をしているか、という観点で見て面白い1話なんですよね。ラストに向けて、どのような描写をプラスしているか。行間を絵にするにあたってどの台詞を足して、どのモノローグを削っているか。どう構成をリアレンジしているか。それはどういう目的によるものか。

『青い花』のアニメはそういう楽しみ方をする余地もあるだけの、充実した映像化だったと思います(もちろん、原作抜きに見ても最高に楽しめるはずです、念の為)。



『放課後のプレアデス』第8話「ななこ13」

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脚本:浦畑達彦/絵コンテ:春藤佳奈、佐伯昭志/演出:玉田博/作画監督:橋口隼人、空賀萌香

最近のアニメで印象に残っている回はこれですね。作品自体については特に説明は不要でしょうか。

太陽系外までの探索ミッションに赴くななこの視点で、宇宙の寂寥感と家族との距離感が重なり、彼女にとってプレアデス星人が特別な存在である理由も語られる。

ななこにとっては半日の出来事でもすばる達4人にとっては三ヶ月間のこと(ウラシマ効果)で、それでも景色を共有したい思いと絆の強さが、0.25光年をギュッとゼロまで縮める。

シンプルな構成だけど、人智で把握しきれないスケールの宇宙の事象や距離に、人間の感情を仮託するっていうのがロマンチックで、良いエピソード。

ひかる回の4話にしてもいつき回の5話にしても、それぞれに彼女たちが自らに化した限界を越えていく話になっていて、8話もまたななこが家族や仲間を巡り答えを見つけ、踏み出す姿が描かれていたように思います。

エッジワース・カイパーベルトとオールトの雲

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ここはpowers of tenですよね。SF的サブテキストも駆使してテンションを高めてくれる。

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あくまでお遊びではあるけど、ななこはボイジャー計画・パイオニア計画を更新する探査機のつもりで太陽系の果てに赴く。彼ら無人惑星探査機の自意識・孤独を描いた『人類は衰退しました』3巻のエピソードも思い出されます。





アンニュイな気持ちになる、アニメ・マイベストエピソード5選

2016-08-31 ベストエピソード


元記事:アンニュイな気持ちになる、アニメ・マイベストエピソード5選 - 俺がいる。 @pumpkin_crack



戦国コレクション COLLECTION-8

『Regent Girl』


脚本:金澤慎太郎 絵コンテ:柴田勝紀 演出:金子伸吾

たった一話あればアニメはなんでも出来る、と表明してのけた、異色のパロディオムニバスアニメ『戦国コレクション』の中でも、最大のインパクトを誇るお米の国の秀吉。

異世界から現代日本に迷い込んだ戦国武将・豊臣秀吉(♀)はお米が大好き。ある日、豊作祈願の舞を踊った山頂からおむすびを落としてしまう。おむすびを追いかけ穴に落っこちた秀吉は、米粒たちの暮らす不思議な世界に迷い込む。

転がるおむすびのように止まらず変転し続けるシュールな世界と、虚実を巡る禅問答が可愛いらしく綴られる。

奇異であることをさも奇異であると見せびらかしがちな深夜アニメの世界にあって、キッズアニメやカートゥーンのように肩肘張らず、ただ気楽に奇異であることを満喫し、視聴者を異世界に誘ってくれる一篇。秀吉の飄々としたキャラが本話数の「自由さの強度」に一役買っている。

数々のパロディやダジャレでおふざけを装いながら、実は単に煙に巻く会話と突拍子も無い物語が展開している訳ではなく、「なぜ私達はフィクションを創り、フィクションを享受するのか」という究極の命題に向き合ってキチンと回答を示した誠実な30分。一言も無駄が無い。また、フィクション論であることによってオムニバス風の本作品全体を通したテーマ性をも語り得ている。

脚本の金澤はライトノベル作家水城正太郎の別名義で、やはり本作同様お米大好きなヒロインが登場し何重にもメタでニヒリスティックで抽象的な物語『いちばんうしろの大魔王』を執筆している。十数巻に及んで執筆した自作長編の要素をわずか30分に凝縮してみせた、謀らずか謀ってか氏の代表作とも呼べる一話。

柴田勝紀繋がりで作画の柔らかさと世界の抽象度は『輪るピングドラム』にも通じ、または早過ぎた『ガールズ&パンツァー』とも呼べる一幕も。



パパの言うことを聞きなさい! 第9話

『ちょっとマイウェイ』


脚本:あみやまさはる 絵コンテ/演出:池端隆史

二児の親であるバツ2の男と結婚した姉。彼女自身も旦那との間に娘をもうけ、幸せな家庭生活を送っている。そんな状況に祝福と歯がゆさを抱いていた大学生・祐太だったが、ある日、姉夫妻を乗せた飛行機が墜落して2人は死亡する。やはり幼くして両親を亡くし姉に育てられていた祐太は、遺された三姉妹がバラバラになることを恐れ、保護者として八王子の狭いアパートに3人を引き取る決意をするのだが、学生生活とバイトと子育てとで日々は多忙を極め---

ロリコン向けサービスショット満載で美少女お色気コメディの体裁を繕ってはいるけれど、とても不思議なバランスを保った『パパ聞き!』は、誰もが誰かのために無理をしながら、ギリギリのバランスで笑顔を保つ「作られた家族」の危うい幸福を肯定している。

そもそも三姉妹の母親がそれぞれ異なるため、祐太が介入しなくてもこの家族には元々つきまとっていたその「それぞれの無理」が根底にしかれており、この第9話では、本編中もっともスポットの当たることのない、いつも平然として家族のドタバタを見守り、だからこそその無理は人知れぬものがある次女・美羽(みう)の日常が描かれる。

姉の空と共に毎朝ダッシュで通学電車に乗り込む姿から始まり、小学校でもおすましをして自分を取り繕っている美羽の見栄(本編中、彼女が素の自分をさらけ出せる環境はどこにも無いのだ)も、満員電車で踏まれた靴の「汚れ」によってその背伸びを周囲に露見してしまう。

『パパ聞き!』は、基本的に登場人物が全力で意識的に「ドラマを起こさない 」ことを描いたドラマである(各話のタイトルが往年の連続ドラマから来ている皮肉がスパイス)。大きな展開は4人が同居を決める最初の3話で終わっており、そこから先は、それぞれの我慢によってここに残された幸せを守り切る、そう決めた子供たちの日常モノと化す。

だから、家庭でも学校でも無理をしている美羽が、よくあるシナリオのお約束通り感情を爆発させることはない。代わりにここに現れるのは、祐太の大学のサークル仲間である遊び人の男・仁村だ。

美羽は自分が仁村に同情されている事を知っている。仁村は美羽が背伸びしている事を知っている。だけど、互いにとぼけたフリして一日だけの恋人ごっこを行う。

美羽は自分の家庭の一歩外側で、祐太の友人がこうして見守ってくれていることを知る。私の無理も、きっと特別なことではないと。この一日を経たからといって、美羽の小学生にのしかかるにはあまりに重たい日々の苦労は今後も軽減することはないだろう。それでもあの家に帰ると決めた。

仁村とデートした池袋サンシャインシティーの屋上から、かつて過ごした家も今の家も同じ空の下にあることを目にして、美羽は今の日常を「選んだ」自分を再確認する。

怒鳴ったり泣きじゃくるばかりがドラマじゃない。怒鳴らないことで、泣きじゃくらないことで、こうして続いていく通奏低音のようなドラマがこの空の下には溢れている。脇役が脇役として日常に留まるために過ごしたささやかなひととき。そこに30分費やされる贅沢。

制作会社feel.の、わけても及川啓が係わるアニメの「夕焼け空」がいかに淡くて儚くて美しい空気を創り出すかは、『アウトブレイク・カンパニー』『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。続』『この美術部には問題がある!』を見ればわかる通り。助監督として参加した本作でもそのマジックアワーの効果は最大限に発揮されている。

逝去された松智洋先生への追悼の意も込めて。



異能バトルは日常系のなかで 第7話

『覚醒』ジャガーノート・オン


脚本:樋口七海 絵コンテ:望月智允 演出:宮島善博

所謂ザ☆「声優の本気」として早見沙織の長台詞が有名な回。

以下、一部抜粋。

実際にはもっと長く、一息にまくしたてる。

わかんない...わっかんないよ
寿(じゅー)くんの言ってる事は一つも分かんない
ブラッティって何がカッコいいの?
血なんてイヤだよ痛いだけだよ
罪深いってなんなの?
罪がある事の何がいいの犯罪者がカッコいいの?
正義と悪だとなんで悪がいいの?
何で悪いほうがいいの、悪いから悪なんじゃないの!?
右腕がうずくと何でカッコいいの?
『自分の力が制御できない感じがたまらない』って何それただのマヌケな人じゃん!
ちゃんと制御できるほうがカッコいいよ立派だよ!
普段は力を隠していると何が凄いの?
そんなのタダの手抜きだよ、
隠したりしないで全力で取り組む人の方がカッコいいよ!
どうして二つ名とか異名とか色々つけるの?
いっぱい呼び名があったって分かりにくいだけじゃん
英語でも何でもカタカナつけないでよ覚えられないんだよ!
ギリシャ神話とか聖書とか北欧神話とか日本神話とか
ちょっと調べたくらいでそういう話しないでよ!
内容もちゃんと教えてくれなきゃ意味がわかんないよ
教えるならちゃんと教えてよ!
相対性理論とかシュレディンガーの猫とか万有引力とか
ちょっとネットで調べただけで知ったかぶらないでよ
中途半端に説明されてもちっとも分からないんだよ!
ニーチェとかゲーテの言葉引用しないでよ
知らない人の言葉使われても何が言いたいのか全然わかんないんだよ
自分の言葉で語ってよ!
お願いだから私が分かる事話してよ
中二ってなんなの中二ってどういうことなの
わかんないわかんないわかんないわかんないわかんなーい!
寿くんの言う事は昔から何一つこれっぽっちもっ 分かんないんだよっ!


勘違いして欲しくないのだけれど、ここまで切羽詰まって彼女=早見演じる鳩子が繰り広げているのは「中二病ラノベのテンプレート批判」ではなく、早見沙織の演技が素晴らしいのはこの長台詞を情感を欠かすことなく叫びきる技術力の高さによるものでもない。

鳩子自身も認識出来ていない彼女の本音を、ここに至るまでの丁寧な段取りと、この芝居場でのアニメーションと早見の演技と長い長い台詞が相俟って表現しているから。

それはただ一言、「私を見て」と。



中二病の少年・安藤寿来と彼を囲う少女たち文芸部一同の身に、ある日、本物の異能力が宿ってしまう。かと言って戦うべき相手が現れる訳ではなく、たまに異能力を使うだけの日常モノが続いていくのが本作の概要。

ここで実際に主人公・安藤を取り巻いているのは彼が好きな異能バトルではなく、彼にとっては興味の範疇外である美少女ハーレム。美少女ハーレムでいつだって割を食うのは、主人公と過ごした時間が長い分だけ、その焦りにより強い痛みが宿る幼なじみキャラで、そして鳩子はこの物語の幼なじみポジションに当たる。

オタク趣味を持ち合わせていない鳩子は安藤の中二病トークに加われないのだが、この日は久しぶりに安藤の家で夕食を作ることになった。家事という得意技でなら、自分は安藤の日常に寄り添える。

なのに、せっかく安藤家にお邪魔して台所で得意の肉じゃがを作っていても、安藤が気にしているのは部活仲間の灯代のことばかり。それには安藤なりの理由があるのだが、鳩子から見れば灯代はライトノベル志望作家。つまり、安藤とオタク趣味を共有できる女の子。

せめて灯代とどんなやりとりをしているのかやんわり聞き出そうとした鳩子に安藤から返ってきた言葉、

「どうせお前にはわかんねえだろ」。

肉じゃがを作る鳩子の手から、こぼれ落ちるお玉。

そしてあの長台詞が爆発する。

カメラもキャラもパースも動かしまくるTRIGGER制作でありながら、本話数の絵コンテは『絶対少年』を「フィックスだけでやりきってみたかった」などと語る志向の持ち主・望月智充。

作画に潜在する躍動をショットが抑制してしまう本作全体に宿る不完全燃焼感がこの話数に限ってはプラスに働き、鳩子の中に沸々と溜まり続けるフラストレーションの顕在化に繋がっていく。

AパートとBパートの冒頭でそれぞれ「かつて鳩子が非常ベルを押してしまって学校にパニックを起こし泣きじゃくっていたら、安藤が助けにきてくれた」過去が繰り返されるが、Aでは鳩子の視点、Bでは安藤の視点で綴られる。鳩子にとっては長年の想いの蓄積の上にのしかかった「お前にはわからない」であったが、Aパートの終わりで鳩子の爆発を食らった安藤にとっては、Bパートで過去を振り返るまで、ただその場しのぎのなんでもない一言でしかなかった、ありふれた齟齬であったと示される。

このBパートで、鳩子を見失ってしまった安藤は友人の相模、そして逃げ出してしまった鳩子は桐生という不思議な青年と出会う。実はこの物語、非日常世界での異能バトルは実際に起こっていて、ただ肝心の主人公たちだけがそれに気づいていないというトリッキーな世界観の上に成り立っていたことがシリーズ後半で「視聴者にだけ」明かされていくのだが、その「異能バトルを非日常系で」展開している事を実は知っていたのが相模で、そしてむしろ異能バトル物の真の主人公とも言える中心人物が桐生なのだ。日常モノのテンプレートを一時期だけとはいえ破壊してしまった鳩子と安藤が、それぞれ日常の裏にひそむ非日常に一瞬の邂逅を見せる。相模は安藤と鳩子の関係性(つまりテンプレ「幼なじみ」設定)の不自然さを説き、桐生は鳩子が否定した「中二病テンプレートのWHY?」に対する回答を語る。桐生の語るそれは、イコール鳩子が本当に否定したかった「ハーレム物テンプレートのWHY?」への回答、つまり自分の本心へ至る回答にもなっているという、原作の功績も大きいのだろうが巧すぎる脚本。

人の幸せ。それは、『選ばれる』ことだ。
人は誰にでもなりたいんだよ、『選ばれる者』にな。


物語の中心にあるこのエピソードこそが、日常と非日常が反転しそうでしない本作における、何か決定的な亀裂が入りそうで入らないギリギリのスリルを見せた真のクライマックスだった。



神のみぞ知るセカイⅡ FLAG.7.0

『Singing in the Rain』


脚本:倉田英之 絵コンテ:出合小都美 演出:駒屋健一郎

傑作マンガのアニメ化としては決して成功したとは言いがたい作品。しかし原作が傑作となるにあたって本話数がフィードバックしていることもまた事実であろう、理想的な原作とそのアニメとの結節点。

現実の少女たちを自身の得意なギャルゲーの攻略ヒロインに見立てて、そのバロメーターを見極め自らとの恋に「落とす」ことで、少女たちの体に逃げ込んだ旧世界の悪魔を追い払う役目を負うことになった「リアルなんてクソゲーだ」が信条の孤高のオタク・桂木桂馬。

彼を戸惑わせる最大のヒロインが「小阪ちひろ」で、当該エピソードはちひろ編の最終話にあたる。

今までは明確な悩みを抱えたヒロインの問題を颯爽と解決することでヒロインの心を解き放ってやればよかったし、桂馬自身が王子様役となることでヒロインを恋に落とすことも簡単だった。しかし、このちひろは何に悩んでいるのかもわからない。しかも次から次へと別の男に目移りして、ヒロインらしい矜持を守ってくれない。

仕方なく桂馬はちひろを落とすのではなく、ちひろが今片思いしている男を落とす為の攻略法を探る方向に切り替えるが、ちひろはその男にさえ真剣にならず桂馬の話を笑って聞き流す。ヒロインは純情であるべきだという固定観念に縛られた桂馬の苛立ちは募っていく。

アニメ版は渡辺明夫によるいかにもヒロインめいた目の大きなキャラデが最大の失敗を見せてしまってはいるが、原作におけるちひろはいかにも「モブ生徒」然としたキャラクターとして早々に登場しており、そんなモブ少女が最終的に主人公と対比される最大のヒロインと化していく過程が全体の中で大きな柱となっている。

ありきたりで、ドラマもバロメーターもなくて、一途ですらない少女。

本話数Aパートでは、そんなちひろの登校風景が彼女の鼻歌と共にゆったりと綴られる。雨上がりの街。絶えず水たまりや曇り空が映り込むクリアではない景色の中、不要となった傘をもてあそんでうろつく少女。明確なドラマと出会えない、あてどない日常を生きるありふれた人。この時彼女が口ずさんでいる曲「初めて恋をした記憶」がこののち、原作でも最大の意味を持つ。

そのフィードバック部分が映像化されるまでには第3期の痛切な最終回を待たなくてはならないのだが、アニメは1期、2期で各ヒロインを丁寧に描きすぎたために原作の展開を追うことが出来ず、3期の冒頭で物語の大部分を完全にダイジェストとして省略してしまっている点からやはりアニメ化成功とは言いがたい。

言いがたいが、失策の数々に敢えて目をつむるとすれば、やはりアニメ化が意味を持ったとすれば本話数なのだ。

他の話数ではテンポの悪さや、原作の絵的な魅力を汲めていないのにパロディ要素だけはやけに踏襲する監督のセンスの無さが目について多少いらつきも覚えるのだが、アニメ版の間延びした作りがこの「雨上がりの街をただうろつくちひろ」という、何も起こらないのに全てが描かれる贅沢なシーンを生み出したのもまた確か。勿論、倉田脚本は確信犯で狙ってのことだろう。

「リアルなどクソゲー」を信条とする桂馬に対し、ヒロイン側の少女たちは誰もみな最後には「リアルを生きる」覚悟を決めていく、思えば今までの『神のみ』とはそんな話であったことを、このちひろ編を通じて桂馬も、そして視聴者も気づく。その強さの象徴として、冴えない街で傘をもてあますちひろの描写はある。

ちひろこそが誰よりも悩んでいたと桂馬は気づくが、それは実際にちひろが他のヒロインより深く悩んでいるということではない。ただ、桂馬にとって初めてリアルに共感しうる悩みだったのだ(その回答は続く「長瀬純」編で示される)。

ゴールすることも、クリアすることも出来ない、茫漠とした日常を生きるということ。

宙ぶらりんな世界で、虚空に傘を振り回すこと。

リアルはクソゲーだ。しかし、無意味な理想を手放す訳にはいかない。

存在しないゴールに向かって、バロメーターに目を凝らし続けろ。

二人にとって今後重要な意味を持つ、港に停泊した遊覧船の上で桂馬は改めてちひろを恋に落としにかかる。甲板の高低差を使った二人の立ち位置。ちひろの傘の使い方。ごく自然で作為を感じさせないが、男女の距離感を映像としてスリリングに伝える出合コンテの絶妙な手腕を堪能する上でも最高の一話。



みなみけ おかわり 4杯目

『片付けちゃっていいですか?』


脚本:鈴木雅詞 絵コンテ:細田直人 演出:雄谷将仁

両親不在、三姉妹だけで楽しく暮らす長女・ハルカ、次女・カナ、三女・チアキの三姉妹。彼女たちと、それぞれ通う高校・中学・小学校の仲間たちとの、楽しくドタバタ過ごす日々―――

人気シリーズ『みなみけ』の第2期。実際には2つのアニメスタジオに同時に1期ずつ作らせるという試験的な企画だったのだが、後に日常モノの雄となる太田雅彦監督がスタジオ・童夢で作り上げた1期が大人気を獲得した為に、ヒット作『SHUFFLE!』のシュールな画風を引きずった細田直人監督×スタジオ・アスリードによる2期は厳しい評価に晒されてしまった、、、と、聞く。後追いでまとめて見たので、放映時の空気は知らない。

ちょうどアニメを見始めた頃の自分にとっては、おそらく初めて触れた日常モノが『みなみけ』シリーズだったので、そうした問題にはまったく気づかず、なんなら今見れば露骨な作画の違い(なにせ、メインとなる南家の外観さえ違う)すらわからないで見ていた。

それより新鮮だったのが、1期では全編明るくライトで照らされているような、コメディとして割り切って見れる表層的な世界だったものが、冬の陰鬱な空気を全面に取り込んだこの2期では、一気に南家の生活がリアルに近いものへと転じたことだ。ショーウィンドウ越しのユートピアが、隣人の生活をのぞき見るようにグッと距離感を縮めてきた。

2期オリジナルキャラクターで、たしかに笑いには一切還元しないし、コメディ世界にひたすら泥を塗るような陰気な少年フユキの存在はしかし、2期を叩く視聴者たちの中にすら、自然と南家を「モニターの向こう側」の存在から「気になる隣人」へと変化させるのに一役買ったのではないかと思う。フユキへのヘイトの分まで、南家の「生活」への愛着度はより増したろう。

あえて断言すれば、みなみけシリーズの長寿化最大の功労者は、フユキであった。異論は認める。

皮膚感覚レベルでの天候や気温とは無縁に思えた1期の世界に対して、2期は絶えず街の気温をひしと肌で感じながらキャラクターたちが生きている。停電の日の雪合戦を描いた第6話の方が2期のテーマ的にもより重大なのだが、個人的に今でも忘れられないのがこの4話目。

普段は温厚で理想的な母性を持った長女・ハルカが、本話数の冒頭では単純にガミガミした母親同然に妹2人を叱り、隣りのフユキ君を見習いなさいと南家総出の町内清掃参加を決めてしまう。これにそれぞれの友人たちも巻き込まれて、真冬の早朝で寒さに凍えながら町のゴミを清掃するという、世にも地味な30分が展開する。

クライマックスは「川辺に不法投棄されていた、錆びて汚れた重たい冷蔵庫を開けるか否か」だ。なんだそれ。手はかじかんでいるだろう。こめかみのあたりもそろそろ寒さで痛くなってそう。うんざりだし疲れているから帰りたいのに、まだみんな残っているから帰るに帰れない。

もしかしたら何か面白いことが、まだ起こるかも知れない。

「日常モノ」というフレーズから外されていた本来の「私たちの日常」が、その嫌になる作業の中にあった。



どのアニメにも出てくる決まり切ったイベントじゃない。

張り切って夕食を作っている最中につい怒りが溜まって温かい晩餐を台無しにしてしまうこと。

疲弊した学校帰りに商業施設に寄り道して屋上から街を眺めること。

雨上がりの街で目的もなく傘をもてあますこと。

冬の朝早く、町内清掃にかり出されてうんざりすること。

私が見たい「日常モノ」は、そんな「とても地味で、けれど他のアニメや他のキャラクターでは代えの効かない時間」を描いてくれるものなのだ。

と。

好きなエピソードを選ぶ内に、そしてここまで書く内に、ふと気がついた。





マイベストエピソード企画 10選

2016-08-31 ベストエピソード


元記事:マイベストエピソード企画 10選 - タイトル未定 @hellsing_sword



・デスノート 7話「曇天」


 実写映画版やドラマ版に比べると話の筋は忠実ではあるものの、原作を再解釈して、不要なエピソードは省略し再構成、終盤に大きな改変を加えるなど、「原作に忠実であるよりも誠実に」(本作にも参加されている演出家、中村亮介さんの言葉)なアニメ版デスノート。

 警視庁を訪れた月が、恋人のFBI捜査官をキラに殺されたと推理する元FBI捜査官の南空ナオミと出会い、不審に思った月が彼女を外に誘い、そこで彼女の推理を聞くのが前回まで。

 ナオミの持つ情報は、実はLに伝わればすぐに月=キラと発覚してしまう代物なので、月としては警視庁で彼女が捜査本部に接触してしまう前に始末したい。警視庁に戻るまでの道のりで何とか彼女の名前を知り、ノートによる殺害を行いたいが、ナオミもかなり敏い人物で、下手なことを言おうものなら疑われかねない。そんな月の悪戦苦闘が楽しい回。

 原作ではこのエピソード、最初から雪が降っているのだけど(たしか)、アニメでは後半から降り始め、それまでも薄暗かった風景の色合いが更に暗くなる。作品全体を通して心理描写などでの色使いや光の派手な当て方が特徴で、それらに比べると地味だけど結構好きな演出。

 見所は終盤。本当の名を聞きだしたキラがノートに彼女の名前を書き、妙に時計を気にする彼に疑問を持ったナオミがそのことを訪ねると、勝利を確信している彼は「キラだから」と答える。

 原作では、動揺したナオミが疑問を口にしているが、アニメではただ、彼女の表情の変化を映すだけ。自分が今まで信頼していた相手の言葉を飲み込み、理解するまでの一瞬の、まさに「息を呑む」瞬間。勝ち誇る月を挟んで再び映し出されたナオミの顔は、ノートに支配された彼女の"自分が考えられる最大限の遺体の発見されない自殺の仕方だけを考え"た虚ろなもの。そして彼女が歩みを進める先は……。圧巻の演出です。

 その場で、会話の中から名前を聞き出す糸口を作りだす月の頭のキレや、彼を「Lに近いものを感じる」と評すナオミなど、月という主人公の恐ろしさが存分に出ながら、もしノートを拾わなかったら、という想像をさせる物悲しさもあり。それまで目の前で話していた人間がノートに意思を支配される残酷な変化を捉えた、ラスト5分のキレッキレの演出が凄いです。

 演出は今をときめく伊藤智彦さん。このアニメではかなりの数登板されてますのでそれらもオススメ。

DEATH NOTE デスノート - hulu



・銀河英雄伝説 83話「祭りの後」


 この作品に関してだけは、ネタバレは余りしたく無いのだけれど、この回の話をするには、どうしても本筋に多少なりとも触れなくてはならないのが苦しい所。

 かいつまんで書くと、自分たちの陣営からちょっと遠くまで出かけた重要な登場人物が前回で亡くなっています。前回は、彼が死ぬその時を描いたもの。そして今回は、彼の死を知り、残された者たちがどう考え、どう行動していくかを描いたもの。

 死んだ人間に対しての様々な距離感が一話の中で凝縮されていてとても好きです。少年は自分の感情を隠そうともせず、一方で周りの大人は、動揺するも死を受け入れ、ならば次にどうするか、という所を考えてます。あぁ、これが大人だと、年齢と経験と立場の差がとても端的に表れてます。

 その死の現場は普段いる場所から離れているので、彼の死だけは通信で伝わるものの、そのリアクションまでは、少年たちが戻ってくるまで描かない。そして、戻っていくとそこにいる者たちもまた、悲しみを言葉にするものの、落ち着いて「次」「これから」を考えてる。彼らなりに感情を発露する時もあっただろうけど、そこは描かれず、年齢の差と同時に、死の受け止め方に対する物理的な距離の差、時間の差というものも一話の中で描かれていて驚いた。

 彼の死に対して、普段は見せない表情を見せ、普段は語らなかった心情を語る人たちの姿が胸を打つし、この回の中で激しい感情を見せる二人の立ち位置もまた泣ける。

 「残された人々」が選択し、「残った人々」になった時に、その行動には彼の死を無駄にはしないという強い意志が感じられ、陳腐ではあるけど「心の中で生き続ける」を真っ当に描くとこうなるのか、と。

 そして、ある女性声優さんの演技がその人のベストアクト級に凄い回でもあるんですが、それも若干ネタバレでうーん。というか、ネタバレに配慮したおかげで物凄く抽象的な文章に……。

 とにかく、「死んだ人間の時間は止まっても、周りの人間たちも含めて歴史は動く」という個人的にとても弱い話で、この回は特にそれが強く感じられていて好きなのです。

「銀河英雄伝説 本伝・第1期」 | バンダイチャンネル

※(該当話数は3期であり、またこの作品は月額会員見放題作品でもありません)



・TIGER&BUNNY 15話「The sky's the limit… 限界は空高くに…」


 タイバニより、スカイハイ回。これまでキング・オブ・ヒーローとしてヒーロー界のトップに君臨してきたものの、ジェイクとの戦いに敗れてから自信を無くして落ち込み、良いとこ無しの日々。そんなスカイハイの切ない話。

 タイバニ全体を通してだと、もっと好みの演出だとか好きな話だとかがあるっちゃあるんだけど、エピソード単位で挙げるならやっぱりこれかな、というチョイス。

 一目惚れした相手を、そうと知らずに倒してしまう定番の悲しい話だけど、タイバニらしく合間合間の笑えるシーンが多い。カッコよくキメたバニーの上半身裸の水着姿と、対してコミカルな全身タイプの水着姿の虎徹。スカイハイの恋の悩み発言に食いつく女子組と、その迫力に圧倒されるスカイハイ。少女マンガのようにスカイハイの心情に呼応する公園の噴水など、いつもと変わらずコミカルで楽しいのだけれど余計にその結末にションボリする。噴水のラストの使い方なんて天丼ギャグからの落差が。

 それ以外にも、スカイハイの恋するアンドロイド、シスの不気味な挙動や戦闘シーンも見所で、メッキが剥がれたシスが画面奥1カットで虎徹の頭を持ち上げて歩き続ける怖い描写が印象的。

 他愛も無さそうな会話からベンさんが重大なことに気付いてしまうシーンや、バニーの両親のアンドロイド開発など、今後に繋がるシーンも多く、サブエピソードでも話を進めることに抜かりないタイバニらしい回でもある。

 ちなみにゲスト声優が宮本充さんと矢島晶子さん。さとう監督も携わった『THE ビッグオー』からのニクい配役。

「TIGER & BUNNY」 | バンダイチャンネル



・A.D.POLICE 2話「ザ・リッパー」


 全3話のOVA版の方。バブルガム・クライシスのスピンオフ作品だけど、こちらからでも十分面白い(というか俺は更にスピンオフ先のパラサイト・ドールズから見た)。

 実は意外と暗いバブルガムクライシスだけど、それよりも尚暗くて、陰鬱な感じが好きなのです。体の機械化がカジュアルに行えるようになっているので、ガラの悪いニーチャン連中のビジュアルが北斗の拳だとかブレードランナーといった世紀末感があって楽しい。

 廃止されながらも何故か電力が供給され続け、動く無法地帯と化した地下鉄環状線。そこで起こった連続女性殺人事件は、いずれも局部を切り取られたモノだった。

 犯人はブーマ(アンドロイド)なのか、人間なのか。何故そんな殺し方をするのか。様々な謎が、この作品の「人と機械の境界線」みたいなテーマの下に明らかに。

 「THE MAD CRIMINAL INVESTIGATION FILE OF TOKYO ADVANCED POLICE」

という副題のこのアニメらしく、ゴアくエロい描写も多々あるのでそれなりに人は選ぶ作品でありこの回なんですが、人と機械の境界線を取り扱ったこの作品と、今回結び付けた題材、そしてその帰結が好きで選びました。

 脚本は、まだ会川だった頃の會川昇さん。台詞選びの一つ一つがカッチョいいです。最後のモノローグが最高にイカす。

「A.D.ポリス」 | バンダイチャンネル



・GUNGRAVE 14話「DIE」


 もう既に何人かの方が挙げてらして、お前ごときに語ることがこれ以上あるのかと言われたら死ぬんだけど、いやしかし「好きな話数」という話なら個人的にここは外せまい、というわけで。先達の記事も敢えて読まずに書きます。書いた後で読んで己の未熟を恥じます。

 「変わってしまったのはお前か俺か」そういう、すれ違いの上の関係の破局というのが大変好みなんですが、マフィアの政争の下に男同士が、というノワール映画の鉄板をアニメで見られるガングレイヴには燃え燃えで、作品自体がとても好きです。

 同じ孤児院で育ち、同じ仲間と遊んで同じ夢を見てきたブランドンもハリーも、組織の中で成り上がっていく内に次第にその根本的な部分にズレが出て、欲の赴くまま高く高く上を目指すハリー。ファミリーのため、ボスのため、マリアのために鉄の掟を貫くブランドン。二人の亀裂が決定的になり、それがそのまま形になってしまう回。

 都留監督がコンテ演出両方を兼ねたこの回。流石のクオリティコントロールというか、まず口パクが恐ろしく合ってます。声優さんの演技がスポっとハマって怖いくらいの顔の演技口元の演技。ニッ、と口元を釣り上げて笑うハリーの口元の皺の怖さ。

 声優といえば、ハリーは老年期になると、浜田賢二さんから磯部勉さんに変わるのだけど、浜田さんの演技がこの回辺りから大分狂気が乗って、叫ぶシーンなんかかなり磯部さんに寄せてるよなと思うのでした。浜田さんの一番好きな役です>ハリー

 その後も、整ったせいで余計に恐ろしい表情の作画で物語は進み、注がれた赤いワインに沈むビッグダディ、高く昇ろうとしたタオルが木に阻まれるというブランドンが思い返す、あるいは思い描く風景、台詞も無く目元だけが動くハリーとビッグダディとの間の視線など、不穏な演出の下、静かに空気だけが張りつめる。

 隣に座って会話をしていて、新しくボスとなった男が倒れたと語るハリーに、ハッと顔を向けるブランドン。かつての仲間を忘れたハリーに驚くブランドン。特別問いただすワケでも無く、ブランドンがちょっとしたリアクションをするだけ。それだけの間が絶妙で、見えない亀裂がジワジワと表層に浮かび上がってきて緊張感が高まる。この話は見所だらけなんですが、二人の関係が破局を迎える、エレベーターでのやりとりからのタイトル、そしてEDまでの流れが本当に物凄い。ここだけでもオールタイムベスト級の演出。

 第一話の「この二人はどういう関係なのか」という疑問の答えまで辿り着くも、物語としてはむしろここからが始まりで、その「始まり」を彩る最高の「終わり」の回。

「Gungrave」 | バンダイチャンネル



・るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚- 43話「生と死の間で!奥義・天翔龍閃の会得」


 タイトルもサブタイトルも長い。奥義会得回です。

 るろ剣の京都編で話数単位というと、31話の剣心と薫の別れの回やVS志々雄辺りの一連の回を推す人が多い印象なんですけど、自分はあえてこっち。あえてというか、ホントにこの回大好きなので。こういう企画で細田監督が関わった回を挙げるというのは癪だなぁ、とどうでもいいことで悩んだりしたんですけども。

 志々雄を倒すべく、師匠である比古から奥義を会得しようと悪戦苦闘する剣心。二人の奥義会得の前哨戦みたいな戦いと、それに関連した原作通りのギャグや、斎藤と左之の京都での顔合わせなどの脇道もあり、一話通しての仕上がりとしては確かに上述の回に見劣りする部分もあるかもしれない。

 それでも後半、「死ぬことも恐れない」剣心が、迫る師匠の剣を前に「死ねない、死にたくない」と覚悟を固めるその一瞬。その一瞬自体はグッと引き延ばされながらも、細かいカット割と激しい音楽が剣心の心情とその過去へと誘い、テンポ自体は全然損なわれないまま、剣心起死回生の一打へと一気に移る。ここが最高にカッコいいんですよ。幼い剣心が守ろうとした女性、その剣心を逆に守ろうとした女性の言葉が胸を打ちます。この一連のシーン、このワンシーンのためだけにこの回を選んだと言っても良いかもしれない。その「一瞬」を作り出すための、剣心役の涼風さんの長いシャウトも素敵。

 同じく細田コンテ回の、対左之助二戦目辺りで使われてたのと同じ(はず)カメラポジションを再びここに持ってきて何度も繰り返す辺りも印象的。この後細田さんは登板してないので、るろ剣での仕事の集大成とも言えそう。

「るろうに剣心−明治剣客浪漫譚−京都編」 | バンダイチャンネル

※(月額会員見放題作品ではありません)



・攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX 10話「密林航路にうってつけの日」


 複合エピソードと単独エピソードを公式で分けてるくらい、神山攻殻はエピソードが豊富で、それまでの話の積み立てがあってこそ面白く感じる話もあれば、単発で楽しめる話もあり、一粒で二度美味しいアニメ。「視覚素子は笑う」で衝撃を受けた人間としてはその話を挙げたい所だけど、やっぱりエピソード単位ならこのゴールデンカムイ回を。

 今まで見てきたアニメの中でもトップクラスに「胸糞悪い」の一言に尽きる、気が滅入るような回。とにかく、全編が嫌です。「戦意喪失を目論んで、現地住民を出来る限り残酷な方法で殺す」という米帝のサンセット計画。それを引きずった兵士が女性の皮を生きたまま剥ぎ、その過程を収めたデータを広めて回り、浅からぬ因縁を持つバトーが終始怒り続ける。

 真夜中の交差点、車も一切通らない横断歩道で律儀に信号を守り続けるマルコの画から始まるこの回。正しいんだけど圧倒的に違和感しかない画の力。TV未放映話ということもあって、結構遺体や殺害時の行動をハッキリ見せられ、それがまた生々しくて……。おまけに、そのサンセット計画と今回の捜査にまつわる真相がどうしようもなくて、フィクションとはいえ勘弁して欲しい嫌さ。いかにもな日本人を装ったCIA工作員も嫌ーな感じで最高なんですよ。

 そういう、嫌な部分を嫌だなぁと思いつつ、繰り返し見てしまうのは好きな部分も多いからで。例えば『イノセンス』の二人の捜査パートが大好きな人間としては、バトーとトグサの二人が刑事ドラマっぽいことしてるのも一つ。電脳で映像は見るけど、それ自体が捜査の進捗に関わるわけでなく、かといって現場を回っても進展は無いのだけれど、移動する車内での会話も含めて「足で探す」な刑事ドラマ的演出で好きなんです。脚本にはない、ラストでトグサがCIA工作員にブチ切れる辺りとか。

 あとバトーさんの渋さ。神山攻殻は、ボクシング回とかベルリン回とか、時々バトーさんが妙に渋くなるので普段とのアンバランスさで笑ってしまうんだけど、この回は徹頭徹尾カッコよくハマっているのです。

 クリミナル・マインドか何かかという厭な刑事ドラマ回。その嫌さがやっぱり好きです。

「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」 | バンダイチャンネル

※(月額会員見放題作品ではありません)



・世紀末オカルト学院 6話「文明の道程」


 表情アニメというものが存在する。かどうかは分からないけど、とにかく表情が魅力的なアニメというのは世の中には沢山あって、この世紀末オカルト学院もその一つ。特に黒髪ツンツン暴力ヒロインCV日笠という、特定の人種には感涙モノな主人公の神代マヤがもんの凄い顔をする。特にこの回では、彼女の怒った顔、呆れた顔、微笑んだ顔と様々な顔を非常に整った絵で拝むことが出来る。

 この回はコンテ演出が中村亮介さん、作画監督が細井美恵子さんのゴールデンコンビ。美麗な作画で、スプーンだってグングン回る。お二人の名は『ねらわれた学園』で覚えたのだけれど、過去の担当作を遡って調べていたら、リアルタイムで見ていてとても好きだったこの回があった、といった次第で思い入れも深い。脚本を担当された綾奈ゆにこさんも同じく、『アイカツ!』で気になって調べて見たら……だったので、この回には好きが詰まっているのです。

 臨死体験をして、オカルト好きだったこずえがすっかり変わってしまい、元に戻すべく再びの臨死体験を試みる話。こずえ回のようでいて、実質は文明先生回。臨死体験を通して垣間見える、決して幸福とは言えなかった彼の子供時代と、宇宙人侵略のビジョン。それを見ていたマヤが、出会いの場となった屋上で彼に手を差し伸べるという構図は、なんかもう上手いなあとしか言えん。これまでさんざな扱いだった文明と、さんざな扱いをしてきたマヤが、ほんの少し彼を知ることで距離が縮まったかな?というイイハナシダッタナーからのベタなオチ。これぞオカルト学院。普通には終わらねぇ。

 こずえをオカルト好きに戻そうと、マヤと亜美が無理矢理なオカルト攻撃をしかけていく辺りの畳み掛け具合や、こずえの心が戻ってこない真相など、所々の力の抜ける笑いが、日笠高垣花澤という美声かつ芸達者な三人が飛び道具的な少女達をより一層面白くしていてこれまた良い。

 レンズフレア、残像表現、太もも、宇宙、尻、太ももと中村亮介さんのフェティシズム全開(怒られないかなこれ)で、後の作品に繋がる要素も見えて楽しい一話です。

「世紀末オカルト学院」 | バンダイチャンネル

※(月額会員見放題作品ではありません)



・戦国コレクション 5話「Sword Maiden」


 「好きな話数」を選ぶときに、このアニメほど話題に上りやすく、かつ票がバラけるアニメも無いんじゃないか。そう考えるのは、このアニメがほぼオムニバスであって、毎週毎週のつながりも殆どなく、その上毎回毎回方向性すら大きく変わってくるアニメだから。

 戦国世界(時代ではない)からやってきた戦国武将たちが、現世の人間と出会ったり出会わなかったりして繰り広げられる物語。その顔ぶれはちょっと挙げただけで織田信長、德川家康、前田慶次、平賀源内、劉備、新選組とそうそうたるもの。戦国?

 そしてその話はほぼ全て何かしらの映画(中にはアニメもある)をパロディ、オマージュして作られていて、今回選んだのは、塚原卜伝×マイケル・ムーアの「Sword Maiden」 戦国?

 ドキュメンタリー作家・モースによる作品「Samurai for Murder」は、卜伝ちゃんら戦国武将のインタビューを根拠に武将たちの危険性を訴えますが、それは編集による捏造であり、怒った卜伝ちゃんはモースへの復讐を開始。

 手持ちカメラのブレや、急に始まるカートゥーン調のアニメ、主観バリバリの映像の内容など、マイケル・ムーアの作品をネタにした、やけに再現性の高い疑似ドキュメンタリーが見物。刀を使った殺傷事件の被害者の写真を、剣豪将軍・足利義輝の家の門にそっと置いていくシーンとか爆笑モノです。

 実写とアニメ、違う次元の作品を瞬時に繋げることの出来る一つの武器である声優も超効果的に利用し、『華氏911』などパロディ元のマイケル・ムーアの吹き替えを多く手掛ける江原正士さんをモースにそのまま起用。

 ドキュメンタリーの胡散臭さから、返す刀で生放送番組の胡散臭さにまで切り込んでいく痛快さ、そして凄いザックリしてるけど武将らしい解決の仕方と、その先のオチまで最初から最後まで楽しい。ちなみに卜伝ちゃん役は原紗友里さんで、モバマスの未央役として知ってから改めて見ると中々の衝撃でした。出番は少ないものの、強烈な役で小松未可子さんも出ていて個人的に嬉しい回。シンフォギア後、モーパイ放送中というブレイクギリギリ一歩手前の未だ初々しいみかこしの演技を聞こう。

 戦国武将という存在が、世間で周知されてるんだな、ということを視聴者に教えてくれたり、このところ影の薄い主人公たる信長様がどうしてるのか見せてくれたり、実は意外と親切な回でもあって、作品のスタンスのようなものが見える回なんじゃないでしょうか。正直どう楽しめばいいのか分からなかった1~4話の印象がガラッと変わり、また見返したくなる、そしてこの先も見たくなるそんな回でした。

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・てなもんやボイジャーズ 1話「県警対組織暴力」


 今まで挙げた回の多くが、コンセプトの「作品としてはベストに選ばないけど好きな話数」をぶっち切って「お前それ作品としてもかなり好きだよな」だったのに対してこの作品、この1話だけはコンセプトにしっかりと沿っている気がする。

 何故かと言うと、この1話が最高であり、ここから最終話である4話目まで(2話目はともかく)右肩下がりの一方だから。いや、こんなこと書くのは作品に対して失礼でもあるし、なるべく悪口なんて言いたか無いんだけど、この1話目が本当に大好きだけに、その後の展開に歯ぎしりする、愛憎半ばの感情を持った回。

 監督は新房昭之さん、前半2話の脚本は月村了衛さん、キャラクターデザインは石浜真史さんと、豪華も豪華なスタッフが集まって繰り広げるどうしようもなくニッチなOVA。

 OPテーマは「ゲバゲバ90分のテーマ」(世代的にはのどごし生のCMでお馴染み)、EDテーマは時代劇『木枯し紋次郎』から「だれかが風の中で」 BGMに『仁義なき戦い』のテーマが鳴り響くという、当時を考えても狙った年齢層が分からなくなる謎の選曲。

 地球から宇宙の果ての高校に赴任してきた新人教師・アヤコと、同じく地球からスポーツ特待で入学した少女・若菜の二人が、廃校の憂き目にあって路頭に迷っている所に、空からロボット(理機士という。勿論「リキシ」)が降ってくる。それに乗っていた広島弁の謎の少女・パライラと共に、一路地球を目指すことに。一方でパライラを追うヤクザ組織「邪王会」と、彼女の逮捕を目論む広島県警から宇宙に左遷された刑事・横山タツエ。そんな彼女たちの任侠スペースオペラが始まる……という壮大な1話。

 そもそも、第1話のタイトルが「県警対組織暴力」です。そしてナレーションが来宮良子さん。宇宙船の内部に侵入すると広島県警のパトカーを乗り付けて「宇宙はいくら銃を撃っても始末書いらないから良いわあ」と広島弁でのたまう女刑事も出てきます。やたらとカッコいい音楽に乗せてロボットも出てきます。盛りすぎ。

 スペースオペラ任侠ロボットアクション珍道中……俺にとってはこの1話は天国だったんです。でもそんな奇怪な天国がいつまでも存在するはずもなく、3話目から雲行きの怪しかったこの作品は、とうとう4話目でお色気に舵をぶっち切り、「なぜか完」してしまう(ホントにそういうテロップが出る)。適当でも良いから、なぜかではなく「完結」してくれていれば、これほどまでに思い悩まなかったかもしれない、それくらいこの世界の下でこのキャラクター達が地球を目指すんだ!という「顔見せ」が最高な1話でした。売れなかったんだろうなぁ……。

 ニッチな要素ばかりでなく、石浜さんの洗練されたキャラデザとよく動く作画と綺麗なレイアウト(素人目ですが)など、今でも十分以上に通用する第1話なんです……。高橋美紀さん、川上とも子さん、そして広島弁をぶちかます三田ゆう子さんと土井美加さんと、豪華声優陣のテンポいい会話も面白い。バカの所にバカが集まってバカをやる話で、しかも石浜キャラだし、『R.O.D』好きの人とかきっと気に入るんじゃないでしょうか。

 1話が余りにも良かったからこその、その後の失望感。希望と絶望の相転移でソウルジェムの濁り待った無しだからこそ選んだ1話です。是非見てください……。

「てなもんやボイジャーズ」 | バンダイチャンネル




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