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たまこまーけっと 第12話 「今年もまた暮れてった」

2013-03-28 2013



【たまごまごのツボアニ】第13回『たまこまーけっと』山田尚子監督にインタビュー!!

山田監督はインタビューで 「素直になれない」 「でも大好き」 「強引なやさしさがほしい」 と言っています。
これは史織に限らず、たまこやもち蔵の父親、うさ湯の主人、もっと言えば商店街の人たち全員に言えること。
ほんとはたくさん言いたいことがあるけど、なかなか素直に言葉にできないから、コロッケや花などを手渡す。

日本で生まれた心理療法・精神療法(サイコセラピー)の1つに 内観療法 というものがあるらしいのですが
自分の身近な人や自分の身体の一部に対しての関わりを3つのテーマにそって繰り返し思い出すという治療法。
その3つのテーマが 『してもらったこと』 『して返したこと』 『迷惑をかけたこと』、自己認識を深めるためですね。

この3つをたまこに当てはめてみると、家族やデラ以外の主に商店街の人たちには 『してもらったこと』 が多い。
そしていろいろ企画して協力もしてもらっているから 『迷惑をかけたこと』 にもつながります。でも逆もまた然り。
行動させる人材がいないからたまこに負担をかけてるとも言えるし、物をあげるのもありがた迷惑ってこともある。
『して返したこと』 は商店街に人を呼んで利益になったくらいです、準備に費やしたコストや労力を考えると少ない。


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ではなぜそこまでのリスクを背負ってまでたまこに 『してあげられる』 のか。ここは描かれてないので単なる妄想。
たまこの母親がすでに亡くなっていることを考えれば 『してあげられる』 ことが少なかった。またはできなかった。
「あの時もっとこうしてれば」 というような心残りがあったのかも。だから過剰に優しくしている面はあると思います。
逆に以前たまこの母親に 『してもらったこと』 のほうが多かったから今たまこに 『して返してる』 のかもしれません。

いろんな関わりや思い出の積み重ねで生まれた感情を、簡潔に表現しようと思ってもすぐには出てきませんよね。
だから今出せる気持ちがコロッケや花などの物になっているだけで、毎日同じように見える物でも違うんでしょうね。
優しいだけに見える人たちにもそれなりに苦労があると思います。ある意味不器用な人たちの集まりなんでしょう。

椎名林檎 「幸福論」 の最後は 『君が其処に生きてるという真実だけで幸福なのです』 という言葉で終わっています。
時間は誰にも変えられず老いや死は必ずやってきますが、そこにいることが 『して返したこと』 になれば幸せですね。


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テーマ: たまこまーけっと
ジャンル: アニメ・コミック



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