物理的領域の因果的閉包性


感想を記事にして残すということ

2015-06-05 その他


感想をブログに記事として残す目的は人それぞれ違うと思います。日記感覚で気持ちを残したい。
作品の良さを伝えたい。アクセスを稼ぎたい。どれも自分の気持ちを残すことに変わりはありません。

気持ちを文章にしてそれを残すことにどういう意味があるのか。まず自分の意見が受け入れられる嬉しさ。
作品のこういう部分が面白い、つまらなかった。それを書くことで同じ気持ちの人がいるということがわかる。
これは誰しもが感じてシンプルに嬉しい瞬間だと思います。そして共感できる部分は割と一部分だったりします。

長い記事を書いたことがあるしもちろん読むこともありますが、長文のほとんどは自分の意見の説明ばかりです。
例えば、ユーフォは作画が神と書いたとします。すると、どういうスタッフが関わって、こういう演出だから神だった。
そこまでが序文。そこからさらに、過去にこういう作品のこの部分に関わってこういう傾向があって神演出(以下略)
で終わるなら良心的です。その説明の説明が延々と続いたあとに、最後ニュアンス違いの序文を繰り返して終わる。

だいたいそんな感じ。そしてその膨大な文章の中で共感できる部分はたった一行か二行です。そんなものですよね。
だから文章を残すからといって論文みたいなものは誰も求めていないということです。それも人それぞれでしょうが。

アニメを見た直後に感じたことはその時しか生まれない感情です。一週間経ったら気持ちはかなり変わってきます。
過去記事に拍手や反応があればとても嬉しい、でもその時の気持ちでもう一度記事を書けと言われても書けません。
逆に時間が経ったあとだからこそ書ける記事もあります。自己満足のつもりで始めたブログですが、結構楽しいですよ。


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