物理的領域の因果的閉包性


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アウトライターズ・スタジオ・インタビュー 第27回 「冬羽・H・レッドアネモネさん」

2015-07-04 インタビュー


アニメの感想をブログやツイッターで表現されている方々に質問して答えてもらう
『アウトライターズ・スタジオ・インタビュー』
第27回はブログ『フランメ*キルシュブリューテ』の冬羽・H・レッドアネモネさん @huyuba77 です。


アニメを好きになったきっかけを教えてください。

高校2年生の時、自転車を転がしての帰り道。大雨に打たれた日がありました。そのとき'神様のばかー'と口に出してつぶやいたことをきっかけに、何をしても罰が当たるんじゃないかと思う「瀆神恐怖」になり、神という単語を恐れ、日本史のテストで消しゴムをかけ続け9点を取った日をきっかけに登校拒否。一年間、神棚に柏手を打ち続けるひきこもり生活を送りました。一日12時間は座敷にいました。そして寝る前は神様ごめんなさいを泣きながら繰り返していました。
そんな毎日で「深夜アニメ」というものは唯一自分に許された濃い考え方に触れる窓でした。その時間だけいわば考えることから逃避できていたのです。谷川流さんの「涼宮ハルヒの憂鬱」やさくらももこさんのエッセイを元々愛読していたこともあり、自分も何か書いて誰か一人でもくすっと笑ってくれたら、救われるんじゃないかと思うようになり。ライトノベル専攻の専門学校へ進学。そこではアニメやゲームやらに命を捧げた若人達が寝る間も惜しんで「俺はこいつが萌えると思う」などとマグマのような論議を繰り広げており、様々なアニメを見て、それについて「今週のこれは~!」とか話す楽しさに目覚めました。気がつくと「神様はともだち。怖くない」という考え方に変わっており、人生を曲げてくれたあの雨の日に今は心の底から感謝しています。


好きなアニメ作品を教えてください。

「俺たちに翼はない」「WHITE ALUBAM2」「涼宮ハルヒの憂鬱」「機動戦艦ナデシコ」「キルラキル」「劇場版 花咲くいろは HOME SWEET HOME」「サンライズのロボット出るようでいてロボットメインじゃないあれ全般(特にガン×ソード -GUN×SWORD)」


好きな作品の中から1つ選んで、好きな理由を教えてください。

「俺たちに翼はない」…後述します、自分のバイブルのアニメ版です。信者とはいえ、まず一人称作品前提のあるしかけが施されており、4ルート込みで一つの作品になるこれ。しかも「選択する」ことが割と重要なこれをワンクールのアニメにするという試み自体が失敗前提の滅茶苦茶であると言わざるを得ません。それでもおれつばイズムを落とし込むことにある程度成功したことが本当にすごいなと思います。あえて説明を過多にしすぎず(できなかったのかもしれないですが)キャラの掛け合いを摘まんでいったのがよかったのかもしれません。
特に王さんが書いた放送でできるギリギリを脱輪しながら駆け抜けた7話「栄えある王の凱旋だ!」。妄想の中まで手を突っ込んでいってぶん殴る11話「妹萌えという概念を知っているか?」はたまんないものがあります。私は世界とは個人個人の思い込みでできていて、見方や考え方を変えてしまえば、世界のありかたまで変わってしまうぞうという妄想や夢想、逃避の力をモラルの垣根を越えて真っ向から見せる本作そのものに恋しています。感想がぱてぃしぇのメレンゲくらいふわっとしている理由を6で書きますね。


主に作品のどういう部分に注目しますか?

「青春の善悪を越えた先にあるエネルギーの爆発」とか「妄想と現実の境目が曖昧になっても突き進む」とか「メタフィクション」とかが大好物です。
おそらく私はシナリオの整合性などまで徹底してみていません。(そこまで気にならないタイプです)監督の過去作とかも不勉強だったり、原作も読んでなかったりします。キャラクターは入れ込んで愛するタイプなのですが、好きなキャラがいればOKというわけでもありません。そんな私にも爪痕を残してくれるなにかがあるかということがポイントです。…というと少し格好いいのですがトリビアの泉のびびる大木ばりに感情が昂ぶりへぇボタンを連打するタイプではありますw


あなたにとってアニメとは?

開けっ放しになってる妄想と現実の境目でそこには毎週毎週、全く違う風景が映ります。周りにはいろんな人がコーヒーブレイクを楽しんでます。早い話が飽きません。


感想(考察)を書こうと思ったきっかけを教えてください。

少しアニメと離れますが、数年前、寝食を忘れ「俺たちに翼はない」というPCゲームにどっぷりはまり込んだ一週間がありました。全ルートを4週はしました。いわゆるこれこそ「俺の作品!」。バイブルに出会った瞬間でした。数ヶ月後、久しぶりにあった友人にそれを勧めようと布教用にamazonで購入しました。
そしてマックでソフトを差し出したとき、友人が言ったのです。「へぇそんなに面白かったんだ。どこが?」私は急に詰まってしまいました。言いたいことはいっぱいありました。でもそれらが全部きちんとした像を結びませんでした。「ネタバレになるからさ」私はそう言ってそのピントの合わない像から目を逸らしました。私は「伝える」ことができませんでした。チーズバーガーは塩の味がしました。
好きなんです。大好きなんです。愛しています。シナリオが良かった。キャラも素敵だった。でもそんな表面的なことよりもっといいたいことが山のようにある。それがこの喉仏まででてきている。でも私はそれをはき出しきれず、「カラオケのデンモクを前にあ、ほらあの曲だよあの曲なんだっけほらイントロが~……♪ね、あれよあれ症候群」に至り、結局その曲名がわからぬまま帰り道につきました。
言いしれぬ絶望感でした。伝えたいことを言葉にできないこと、自分の気持ちをはき出しきれないことがこんなに辛いとは思いませんでした。自分のつたなさを痛感しました。その日食べたチャーハンは塩の味がしました。あの時以来、私はネタバレありで自分の気持ちを吐き出しきることを前提に感想を書くようになりました。喉の奥につまったあの日の言葉を吐き出したくて。きちんと自分の言葉にしてみたいからです。
あの日飲み込んだ言葉はまだ見つけきれておりません。変な話「おれつば」の感想を十全に語り尽くすことができたなら、私は満足なのかも知れません。でもそんな日が来るか分からないので今日も言葉を絞ってうんうん言ってます。


感想(考察)を通して何を伝えようとしてますか?またどう伝えようとしてますか?

自分勝手な話ではあるのですが、「自分はこう思う」という正体を言葉にして吐き出してみたいというところが原初生命繊維です。だからまずは気持ちをやれるだけぶつけるようにしています。伝えたいのはどろっとしたアニメを見たときの自分の生の感情です。ただ最近、様々な方の感想を自分自身すごく楽しく読んでいて、読者を意識されている方が多いため、どうしたらもっと伝わりやすくなるかを考えています。私はどうやら比喩表現を多用する癖があるようで、ぴたっとくる言葉が見つかると結構つつっと考えが滑るので、そんな書き方をしている気がします(アバウトですみません)
飲み屋でアニメ好きという人と話すと「まどまぎが好きですね」というところから仕事の話に戻ったりします。でも私が話したいのは「まどまぎの3話で受けたショッキングなあの体験を当時どう見ましたか?」とか「さやかちゃんは正義に潰されてしまったのだろうか?」とか「劇場版のサッカーパンチをどう解釈しますか?」とかもっと突っ込んだ話がしたいのです。だから私はネットで感想をのたまいながら、「私の話し相手になってくれませんか?あなたのなかなか花を咲かせることができない話をもっと聞かせてください」という気持ちでいます。


あなたにとって感想(考察)とは?

「たまに飛べる気がするペンギンの翼」です。どんなにばたばた振っても、基本的に完全に空を飛べると言うことは少なくて、本当に飛べるのかはわかりません。でもそのとき言いたいことを言えるとちょっぴり満足します。飛べた気になります。かと思うと、感想を述べているうちに「自分はそう考えていたのか」という水の中にすっと飛び込んでいって泳げてしまったりもします。飛べるかどうかはわからないけど、それを取ってしまうとペンギンでは絶対にいられない。だから私にとって感想は「たまに飛べる気がするペンギンの翼」です。


ブログを書く場合、構想?日、実際に書く?時間、書いている時間に遊んでしまうことはよくある?

ブログとしてはとにかく遅筆です。崇める作者が王雀孫、谷川流であることを免罪符にしてはいけないと思ってます。ただ中途半端なまま不完全燃焼するよりは、二人のように数年、数十年かけてでも言いたいことを伝えに行きたい派です。私は数十年後までに俺たちに翼はないの自分なりのロードマップを完成させます。涼宮ハルヒの新作が出るのが早いか、王さんの新作ラノベの続刊がでるのが早いか、真剣勝負してます。オッズの集計はお任せします!


・ インタビューにご協力頂きありがとうございました

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