物理的領域の因果的閉包性


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アウトライターズ・スタジオ・インタビュー 第68回 「猫箱ひとつさん」

2016-01-23 インタビュー


アニメの感想をブログやツイッターで表現されている方々に質問して答えてもらう
『アウトライターズ・スタジオ・インタビュー』
第68回はブログ『猫箱ただひとつ』の猫箱ひとつさん @nekobako_ です。


アニメを好きになったきっかけを教えてください。

物心つくかつかないか辺りにディズニー映画やクレイアニメ(=『白雪姫』『ライオンキング』『ピングー』『ウォレスとグルミット』等)を見られる(見させられた)環境にあったので「この時にアニメが好きになった」体験は薄いかもしれません。

その流れでちびっこ御用達(?)の『だぁ!だぁ!だぁ!』や『デジモンアドベンチャー』『セーラームーン』『カードキャプターさくら』を見て育ち、深夜アニメを深夜アニメだと認識して見たのは『よみがえる空』だったと思います。
「こんな夜遅い時間でもアニメってやってるんだ」と興味を持ったんですが、それと同じくらいにすっごく眠かった思い出。結局番組が終わる前に寝てしまったりして途切れ途切れでしか『よみがえる空』は視聴できていないのでいつかちゃんと全部見たいです。
あと幼少期に見させてもらったアニメって、ガキンチョの私でもストーリーを「難なく理解」できてかつ「楽しく見れた」のって実はこれっててすごいことではと思ってます。
小さい子が人の感情が複雑に絡まるラブストーリーだとか、物語を多重構造にした『匣の中の失楽』だとか、狂いと慟哭を描いた『CARNIVAL』のような作品を見せても絶対理解できない(&面白く見れない)のはそれを"解凍"するための知識と経験が圧倒的に不足しているからです。しかしそんな幼少期時の最小単位の読解能力しか有していなくても、"面白く見れ" ちゃう作品があるのだとしたらそれは偉大なアニメーションなんじゃゃないかと自分は思っちゃうわけですね。
というか幼少期の読解能力って「どこ」に大きく依存しているのだろ、すごい気になる。やっぱり感受性なのかな。


好きなアニメ作品を教えてください。

・『true tears』
・『ノエイン』
・『未確認で進行形』
・『エウレカセブン』
・『涼宮ハルヒの憂鬱』
(他多数)
わーありきたりー。でも面白いのだから仕方ないです。


好きな作品の中から1つ選んで、好きな理由を教えてください。

それでは一つめの『true tears』でいきます。

『true tears』(2006年)は当時「何このすっごい綺麗な背景!」と一人で騒いでは周囲の友達と「湯浅比呂美と石動乃絵どっちがよいか?」という無意味な質問と互いのアジテーションを繰り返したほどに大好きです。
本作の良いところはいっぱいありますが、ひとつ挙げるならば「美しい」所でしょうか。涙が、背景が美しい―――ということではなく『true tears』の"ラストシーンの美し"さは他作品の追随を許しません。石動乃絵が到達したその景色に、その境地に、一瞬に自己存在の消滅を願い「消えたい 消えたい…もう消えてしまいたい」(←死にたいではなく消えたいっていうのがミソ)と激しく思っちゃう恐るべきアニメなのです。

『自己存在の消滅を願うほどに"ラストシーンが美し"いアニメ』

今後このキャッチフレーズで知古にtrue tearsを紹介しようかなと思うんですが、ふざけてるわけじゃなくて結構本気で言っているところが怖いですよね全く。でも正直、ラストの一枚絵を切り取って見たところで何の変哲もない詰まらない絵ですけど、その絵に至る「過程」を鑑みるとこれほど美しいカットは見たことないって私は思っています。
といいますか、2014年に true tearsを再視聴したんですが未だに「どういう物語か」と答えが掴めないほどに不思議なアニメです。恋愛劇、メロドラマ、真実の涙を探す物語……とざっくり掴んでもいいわけですが、やはりそれでは本作の手応えは微塵も感じられないかなと思います。true tearsは劇中の存在するテーマを複数スクランブルさせて作品の『中身』を掻き消しているような印象が私にはあるんですが、当然そんなことをすれば視聴者は "わかるけどよくわからない" 状態になるので『中身』よりは『作品外形』に否応がなく注視してしまい心が揺さぶられるシーンは作品の『中身』ではなく『外形』が占めている。そんな気がします。『おぎゃー』なんてもうさっぱりですし『あぶらむし』なんて???ですが、ここでゾクッとしたり、うるっとした人もいるんじゃないかなと。こういう変な所も個人的に『true tears』が好きな理由です。
ちなみに私は石動乃絵ちゃん派なんですが、一昨年に愛ちゃんも最高にいいってことに気づき(以下略


主に作品のどういう部分に注目しますか?

「面白ければOK」が信条なので、特別どこかに注目しません。
登場人物の心根、作品外形、内容、物語類型の発展、エーテル、詩、夢、多重構造でぶん殴ってくる作品どれも好きですよ。


あなたにとってアニメとは?

『傍にあって当たり前なもので、時折にっこり微笑んでくれるもの』、でしょうか。

物心つく頃から隣にいたので「アニメが無いとダメだ」「あるからいい」みたいな事は強く感じません。無くなったらなくなったで困ると思うんですが、それでもあまり困らないかもって思ってしまうくらいには絶対に必要なものではない。のかもしれません。
以前この質問を――自分のブログで――ノベルゲームで答えた時は「一度きりの人生の抵抗」と書いた覚えがあります。ノベルゲームの場合はそれくらい大事なわけですね。こんなふうに両者ではあからさまに態度が違うのはなんなんでしょうね?同じ【物語】だというのに……私にとってノベルゲームはとても大切なもので必要なものだけれどアニメだとそうはなっていない。
考えられるのは、私にとってノベルゲームとは自我が育ち始めたあたりに出会ったコンテンツなので「選択」した過程があるわけです。ノベルゲームを買う/買わないはもとより、そもそもそれに触れようと思うか/否かの判断基準と決断基準が自分になければいけなかったわけです。だからノベルゲーム媒体に思う所はいろいろありますし、ノベルゲームは心の拠り所になっているなーと思うこともしばしばです。
逆にアニメではそれがない――その理由の一端には「選択」した過程がないからでしょう。「アニメ見る」ことの選択を私は幼少期にすっとばしてしまっているので、あって当然で、あることに慣れきっているのかもしれません。

そしてアニメは時折『世界の真実』(のようなもの)を見せてくれるときがあるんですけど、それを「微笑んでくれた」と形容しています。
例えば『true tears』のラストシーンは言わずもがなですし『エウレカセブン』のモーニング・グローリー、『四月は君の嘘』で井川絵見が無限の可能性を捨てた時、『響け!ユーフォニアム』高坂麗奈の右手が黄前久美子の鼻筋を滑り『鋼の錬金術師(一期)』で真理の門を開き『異能バトルは日常系のなかで』の彼女が彼の胸を叩いた瞬間―――言語化不可能ななにかを得て、聞いて、触れて、感じた時――心が励起していくアレです。
そんなふうに、私にとってアニメとは『傍にあって当たり前なもので、時折にっこり微笑んでくれるもの』になるでしょうか。


感想(考察)を書こうと思ったきっかけを教えてください。

アニメの考察記事を書こうと思ったのは前述した『世界の真実』(のようなもの)を解き明かしてみたかったからです。私が見て聞いて感じた "アレ" は一体何なんだろう?――そんな疑問がきっかけとなり作品感想→読解→考察をし始めたように思います。
とはいってもブログで「考察」を謳っているのは一作品だけで、あとは「総括」としてまとめている感じでしょうか。


感想(考察)を通して何を伝えようとしてますか?またどう伝えようとしてますか?

感想は気付きメモが多めなので他者に伝えようとはしていないです。好きなように書きたい(=市場的価値を無視したい)のであまり他者を意識したくないのでしょうね。
逆に考察記事は「内在的読解の価値」が他者にも伝達できるよう頑張っています。多分。


あなたにとって感想(考察)とは?

思考の集積物――だったんですが、最近では「物語の物語化」が内在的考察の行き着く所なのかな?と考えています。

多くのアニメ考察は目の前にあるアニメを「作品(=作られたもの)」として扱い、語ろうとします。言うなれば虚構を虚構として区別し私達がいる現実との境界線を強く意識しながら(あるいはそんな距離感で)接するのですが、私は可能ならば内在的に語りたいわけですね。つまりアニメをなるべく私達の現実に近づけさせず、アニメ世界の倫理観・価値観を保ちながらお話したいわけです。
違う言い方をするならばアニメを見た私が編纂者として出張り・観測者として名乗りを上げ【私が"観"たアニメ】を紡いでいくということになるでしょうか。語るのではなく、物語る。それは一つの世界(=世界観)を生み出すのと同義であり、一つの世界であったアニメを更に別の世界へと内包することでもあります。

「それってなんなの?価値あるの?てか意味わかんなくない?」

劇中の内在的文脈を保った作品考察に手を加えて「小説化」することだと思ってくれて構いません。でもそれは決して創作物ではなくあくまでも批評文物の体裁で書いてみたいんですが―――まだ私には出来ている気が全然しませんね(涙
別にそこまで追求しなくても(その割合は低くても)、私にとって作品考察を書くことってって「物語を物語る」要素があるのでこのような答えになるでしょうか。
「アニメは虚構」という言葉にぴくっとしたり、いやいやと条件反射的に否定を行う人に――つまりアニメを単なるフィクションではなく現実世界と等しく価値あるものと捉えているような人に――向けて書きたいなと思ってる人でもあります。


ブログを書く場合、構想?日、実際に書く?時間、書いている時間に遊んでしまうことはよくある?

感想ならば20分-60分。
総括(or考察)ならば1時間-5時間
集中力が切れるとネットサーフィンしたり携帯イジって遊んでしまいます。


好きなキャラ・制作会社・スタッフを3つ(3人)ずつお願いします。

・キャラクター
古手梨花(ひぐらしのなく頃に)
神尾観鈴(AIR)
坂上智代(CLANNAD)

・制作会社
京都アニメーション
P.A.WORKS
A-1 Pictures

・スタッフ
特にいません。


影響を受けたブロガーと読んで影響を受けた記事を教えてください。

影響を受けたアニメブロガーの方はいません。

ただ影響を受けた記事はあって、↓のTogetterまとめは時折読み返すくらいに面白いのでおすすめですよ。
1)作品の楽しみ方 「引き出し型」/「アジャスト(調整)型」(http://togetter.com/li/32252)
2)続・作品の楽しみ方 「引き出し型」/「アジャスト(調整)型」(http://togetter.com/li/93672)


BD・DVD以外に購入するものは?(イベント参加可)

近くで開催している展示会に足を向けるくらいでしょうか。(最近あんまり行けてませんが)


あなたが感想を書いていくためのモチベーションは、どこから湧いてきますか?またモチベーションを維持する方法など

私がブログやって分かったのは内発的動機「のみ」で行動できるのはほんの一握りの人で、多くの人は(私も含めて)外発的動機をいくらか抱えないとアクションできないってことでしょうか。アクセス数、他者レスポンス、自己顕示欲、承認欲求、コミュニティの関係性……を得られる環境を構築しないとぶっちゃけブログなんて続きません。もし一人きりでやるのならそれは最果ての荒野で生き抜くのと同義でしょう。
とはいえ内発的動機10・外発的動機90くらいの状態でブログを続けようと思っても、今度は他者の価値観・意向・空気によって奴隷のごとく記事を生産しなければいけなくなるので(←自分が目指すべきものが無いので当然こうなっちゃう)「楽しい」なんて快楽体験は得られずむしろ「苦しい」体験ばかり積み上げることになるのではないかと思います。
なので「内発的動機と外発的動機のバランスを取る」
これがブログを更新(=アニメ感想を書き)続ける上で最もモチベーションを高く維持できる方法かなと考えています。

私ならば7:3くらいがよくて、外発的動機を抱え込みすぎると他者の価値観がうざったくなってつぶれちゃうのでアクセス数閲覧ページをブラックリスト行きにして見ないようにしたり、過度のレスポンスを得られないように環境作っている所があります。
ちなみに外発的動機の導入方法はめちゃんこ楽なのにも関わらず、内発的動機の訓練の仕方が全く不透明・不明なことですよね。一説では後天的に育めないってお話もあるそうであーはいはい先天的なものってやつですねわかりますわかりますマイ、ガッ!って感じです。

そして感想記事ならば、以下3つを起因にして書くことが多いです。
・思考メモを書き残さないと後々忘れるかもしれないと思った時
・今まで考えてたことが実を結んだ時
・心が揺さぶられた時

考察記事ならば以下4つですね。
・当該作品を奥深くまで読み込んでみたくなった時
・当該作品の批評を調べてみたところ外在的批評ばかりだった時
・当該作品の評価が不当に貶められているなと思った時
・当該作品の魅力を語りたいと思った時

そこに他者レスポンス/自己顕示欲/所属しているコミュニティの関係性その他諸々(=外発的動機)が混じりくんでくる感じでしょうか。
昔、外発的動機0でアニメ感想を書いていたときがあったんですが、「アニメ感想を書き続けるだけ」ならば可能でも「(自分自身の中で)全力を尽くしたアニメ感想を書け続けられるか」と言われればそうはなりませんでした。
なぜならそこには他者がいませんから。他者がいないところで過剰な努力をする必要って本来なくて、記事の練度を上げようとする意識なんてものは生まれないんですよね。外界をカットした環境にいた場合「質を高めよう」なんて意識はうまく保てないのかもしれません。


宣伝・アピール欄

好きなアニメを紹介しようかなと思ったんですが、実際書こうとしてみると上手くいかなかったのでブログのアピールをして終わりたいと思います。
私が運営しているのはアニメ・ノベルゲームを中心としたブログで、たまに落書きなんかも書いてます。おすすめ記事は以下リンク先でまとめてあるのでよろしければ足を運んでみてください(--
http://eroge-pc.hatenablog.jp/entry/2013/07/03/232841


・ インタビューにご協力頂きありがとうございました

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