物理的領域の因果的閉包性


アウトライターズ・スタジオ・インタビュー 番外編 『これまで』

2016-02-18 インタビュー

アニメとブログを考える掲示板

2008年4月放送の「コードギアス 反逆のルルーシュR2」の感想を読んでから感想ブログの存在を知り、ブログ『物理的領域の因果的閉包性』を開設したのが2008年11月。
更新していくうちに『妄想詩人の手記』のおパゲーヌスさんを知り、ブロガーの横のつながりを深めたいというおパゲーヌスさんの希望で『アニメとブログを考える掲示板』を2009年に始めます。(リンクは3番目の掲示板のアーカイブ)
そこに『独り言の日記』のアキさんが加わり、しばらく3人でやりとりしたあと、『もす!』の神酒原さんが加入し、神酒原さんの紹介で『所詮、すべては戯言なんだよ』のヨークさんが加入したと記憶しています。
そこから『アニメを考えるブログ』のuhdさん、『失われた何か』のおはぎさん、『在宅アニメ評論家』のnobumaさんなどが加入し、一番多いときで30名ほどいました。

掲示板を見ると「レールガン感想対決」というのがありますが、これは同じ話数の感想を書いた記事に参加者のリンクとFC2の投票フォームを貼り付けて読者に投票してもらうという企画。参考記事『とある科学の超電磁砲 第9話 『マジョリティ・リポート』 感想
これは自分が企画したものですが、内輪だけで盛り上がってて気持ち悪いとか、感想対決とか意味わからんとか、相当非難されましたね。
当時感想ブロガー同士で横のつながりを持とうと考えてる人は少なく、コメントやトラックバックのやりとりのみの付き合いが主流だったので、かなりの数勧誘しましたが断られることが多かった。
今でもこの頃の印象が強いブロガーさんも多いと思います。なんかよくわからない記事を書いて「アニメとは」「ブログとは」などと偉そうに言ってるだけの変な奴。
その頃のブログを少しだけ読み返しましたが、自分でも何を書いてるのかよくわからず、頭のおかしい人が書いてるのかな?と思えるくらいでした。ほんとキモイ。
そんな管理人が運営する掲示板に人が集まったこと自体奇跡ですが、アニメやブログについていろいろ語れたのはいい思い出です。


掲示板からアニプレッションへ

昔から今と変わらず、仕事して貯金ができたら引きこもる、そんなことを繰り返しているので当然掲示板の管理ができなくなる。掲示板をやっていた頃は店舗責任者代理みたいなことをしてたので、会社のPCを使って掲示板の管理やブログの更新もしてました。
そしてもうそろそろヤバイなという時期に管理人を神酒原さんに交代してもらい、それが『新アニメとブログを考える掲示板』になりました。
この頃にSkypeが登場して音声でのやりとりが増えたような気がします。Skypeが中心になるとどうしても内輪だけが盛り上がって外との感覚がどんどんズレてくる。
「仲間だけで盛り上がってればそれでいい」という状況はコミュニティ内だけで考えれば健康的ですが、新しい考え方が入ってこないことや将来のことを考えるとかなり不健康です。
そんな中、おはぎさんの提案でオフ会が開かれるなど、リアルで密接な付き合いをする機会が増えたことで別のプロセスが機能し、これがのちの『アニプレッション』へとつながっていった大きなきっかけになったと感じています。

そしてアニプレッションに加入しなかった綺羅さんが新しいコミュニティを作りたいという希望で始まったのが現在も活動している『アニ☆ブロ』です。
大阪のオフ会に参加した自分と綺羅さん、きーこーひーさん、もっちーさん、ひそかさんなどが初期メンバーになります。
そしてアニ☆ブロを綺羅さんに任せて社畜街道一直線だったわけですが、いつも引き継ぎが投げっぱなしになるのが悪い癖で、そのたびに投げられた側は怒りますよね。
いい歳して大人げないことをしたと反省しています。明日の生活もままならないくらいギリギリのところから普通の生活に戻るまで時間がかかる。でもそうなる前になんとかしない自分が悪い。
そんなことを繰り返していました。2011年、12年頃のツイートを見ると誰にも取り合ってもらえずかまってほしいオーラむき出しの自分がいました。これが本当に醜い。同人誌を出したりどんどん先へ先へ進んでいく人たちを見て羨ましかったんでしょうね。


そしてインタビュー企画の開始

そして時は流れて2015年になり、企画をやりたいというツイートにヒグチさんが反応してくれて、その場で質問事項を考えて答えてもらったところからインタビュー企画開始という運びになりました。
同じ時期にたつざわさんからお誘いがあり、以前からチャンスは頂いてたもののうまくいかず、原稿の遅れなどご迷惑をかけながらも『アニバタ』に寄稿という近況に至ります。
アニプレッションに参加したことがきっかけでアニバタをはじめたたつざわさんに拾われる形で評論誌デビューとなったのは、数奇な運命というか、巡り巡って「自分が居たかった場所」に帰してもらったような気がしています。

「今考えてるのは、対談を中心にしたブログを作りたい。ということ。インタビュー形式でもいいから、アニメブロガーやアニメクラスタの声をそのまま文字にしたい。需要は少ないと思うけど小難しい評論や考察よりも気楽に読める形式にしたいと思ってる。あくまで理想だけどねw」

これは2011年7月1日の自分のツイートです。このときからインタビュー企画をやりたいという意思はあったようです。
今までを読んでもらうとわかると思いますが、誰かの意見を元に行動することはあっても、自分で企画して成功した試しがないし、協力してくれるような人は当時誰もいなかったわけです。
当たり前ですよね、自業自得です。

それでもヒグチさんや群馬さん、他の参加者の協力があって100回を達成することができました。そして自分で企画運営したことがはじめて形になりました。
自分がはじめたことでも他人に投げっぱなしにして今まで何も成し遂げていなかったし、いちブロガーとしても何も残せていなかったんですよね。
2016年になり、少しだけ大人になれた気がします。これは今まで関わってきたすべての人のおかげです。本当にありがとうございました。


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