物理的領域の因果的閉包性


「俺たちが好きなBONESアニメ」より、10選

2016-08-31 ベストエピソード


「俺たちが好きなBONESアニメ」より、10選 @totinohana



① 『DARKER THAN BLACK 流星の双子』第6話「香りは甘く、心は苦く…」
(脚本:岡田麿里/絵コンテ:原口浩/演出:すがやゆりこ)


エピローグ、ミチルを喪ったノリオとレバノンの親子の会話である。
未だ、インタヴューなど機会は増えたものの、「脚本家の領分」はみえにくい現状です。
が、わたしとしては「いい男になるよ、お前」に集約さる本編の「岡田麿里の仕事」に、賛辞を送りたくおもいます。

このパートは泣けて泣けて仕方なかった。



② 『交響詩篇エウレカセブン』第26話「モーニング・グローリー」
(脚本:大河内一桜/絵コンテ・演出:宮地昌幸)


「ねえ、レントン
私、変わったんだよ
 私、変わったんだって!

聞かせて、レントンの話!!」

「聞きたいな、
エウレカが変わったこと!!」

「夕景」、トラパーの虹に乗るニルヴァーシュ(「ロボット」)。その座席で肩を抱き合うふたり。お互いの視線は虹の先をみつめている。遠巻きに祝福する仲間たち、一方で敗北を受け入れる「年上の男」。そしてこの光景をしてすら解かれぬ、「復讐者」の因縁…(特殊EDとして高田梢枝さん『秘密基地』が挿入されている)…晴れて両想いという絵面で、これほど眩しいものは視たことがありません。



③ 『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』第26話「再会」
(脚本:土屋理敬/絵コンテ&演出:池添隆博)


収録巻パッケージイラストの、正にあのシーン(特殊EDの挿入がまたしてもすばらしい)。「真理の扉」をこじ開けるように突きつける「機械鎧の右人差し指」の質感が最高です。「作劇上、再現しなければならないイメージ上の質感」、それに成功しているようにおもいます。



④ 『HERO MAN』第26話(終)「FAICH」
(脚本:大和屋暁/絵コンテ&演出:タムラコータロー)


ひ弱な少年だった主人公自身が破滅的局面にあたって遂に超人の力を振るうそのとき、痛々しい「正義」の炎を繊細な心と身体を削るようにして燃やす彼のまえに、シリーズ中は一貫して無言のオートマトン(自動機械)だった「ヒーロー」が、立ち塞がる―その佇まいの“雄弁さ”、圧倒的に機能的な「ハーモニー」。

正直いいまして、2クール目の折り返し以降はあまり好感しなかった本作ですが、あの演出はすばらしかった。26話分を双肩に載せて耐える、ワンカットでした。



⑤ 『UN‐GO episode:0 因果論』PV「少年期」編
(スタッフ不明)


因果にとって「事件の真相」は人の「運命」の甘露だが、「最後の名探偵」結城新十郎にとり、それは、「推理」は何を意味するか? オリジンが語られる本編より直截だった、といってもいい―彼の「ファム・ファタル」倉田由子演じる戸松遥さんによる“あの『少年期』”の、カヴァーである。
BD・DVD特典としてフル・ヴァージョンが収録されますが、
是非、スペシャルPV(予告編)として公開された当時のものをご覧いただきたい(ニコ動にあったとおもいます)。

端的に、あのサビが訴えるところに尽きます。



⑥ 『WOLF’S RAIN』第18話「人・狼・月の書」
(絵コンテ&演出:岡村天斎)


悪名高い“あの”4話連続総集編のトリであるが、最後の新作シーン、「夢」から覚めたキバ(白狼)が伏したまま雪に横顔をうずめながらもスゥッと片眼をひらいていくショットの見事さは、シリーズの白眉(おそらく「楽園病」の人間たちの叶わなかった目覚めも、この様だったはず)。

4週も待たされた溜飲がこれだけで下がるかという話もあるでしょうが、総集編のシーンながら、「大人のファンタジー」を謳う本作の重要な(「覚醒」の)モチーフでもあります。特にそれが、「動物」であるということの。



⑦ 『ソウルイーター』第8話「魔女メデューサ ~大いなる凶き魂を持つ者~」
(脚本:大和屋暁/絵コンテ:福田道生/演出:佐藤育郎)


とにもかくにもシュタイン&デスサイズvsクロナ&ラグナロク戦の、殺陣(たて)である。
ケレン味はもちろん必要ですが、エフェクトが派手すぎたり手が速すぎてなにやってるのかよくわからなかったりフィクションのキャラだからと可動域に壮大なウソついたり遠近法的にいま機能してる身体のパーツがすごい誇張されてたりと、それはそれで大変そそられるのですが、
“創作ながらきっちりとした(整理された)「型」が見えるアクション”というのも、「アニメーション」の魅力ではないかとおもいます。アニメですから、どうしたって上記の要素はふくむんですけど、そのうえでも技のやりとりにシーン的な飛躍がなく、「型」が流れるように決まってると(“填っている”という感覚に近いでしょうか)いいなあたまらないなあ、ということです。

一種、「少年漫画原作アニメ」のロマンですね。空想の身体操作のリアリティというのは。



⑧ 『スペース✩ダンディ』第5話「旅は道連れ宇宙は情けじゃんよ」
(脚本:大河内一桜/絵コンテ&演出:林明美)


ご存知、今年は『同級生』で大活躍されている林明美さんの演出回。本作はオムニバス方式でありつつ、参加クリエーターとして円城塔氏が唖然とするほど華麗にひろげてしまったSF的大風呂敷のおかげで(まあしかしシャレが利いてることw)、ほとんどなんでもありの“ハコ”になってしまっているが、必然それは「内容にしたがってあらゆるタッチを/タッチにしたがってあらゆる内容を許容する」ということである。
「未登録」を錦の旗にそれはもう多様な「宇宙人」デザインを手掛けてくれた三原三千夫さんを筆頭にして、直接参加者の持ち味はもとより過去のシーンを彩った作画マンたちへ、漫画家たちへのオマージュが画面を埋める、きわめてグラフィカルな作品となっている。
そんななか『ビバップ』の挿話をおもわせる「ロードムービー」風のウェットな内容の今回、象徴的なフォルム(form)はエンディング、「花澤香菜さん演じる少女アデリーが見送る、あのダンディの背中」でしょう。
たとえばアデリーにとって憧れの「ダンディの背中」はもちろん唯一無二だろうけど、一方で、彼女にとって“「地球人」という「宇宙人」”は、ああいう背中を“見せることが出来る”生き物なんだという認識が根付く。それほどの「後ろ姿」、「動物的な美しさ」とも見まごうアニメーションキャラクターをものせる作画、演出がそこにはあったと、わたしは感じています。
それがOPのように「ライブアクション」が生むリアリティなら、対して感動はなかったかもしれない。アニメーターの「想像‐創造物」が宿すリアリティであるということが、うれしいかったのです。

抽象的なことをいえば、あれが「人間」を描けるということです。



⑨ 『絶園のテンペスト』第十九幕「願ったものは」
(脚本:小柳啓伍/絵コンテ:石平真司/演出:園田雅裕)


ハッキリ言ってしまえば、ここで真広がなぜ吉野のことを許せるのか? 理由(わけ)は明らかではない。
自分が義妹に恋をしていたと気づくため要した長い旅の分、カタチを持った積年の想いが「友人の裏切り」にむけられていてもおかしくはなかったのです。それこそこの時点であれば、実は真広は妹殺しの記憶を封じていた「真犯人」であっても不思議ではない、箍の、“蝶番”の外れた狂気の男だった。
そんな視聴者の“ミステリ的な”期待を、彼は見事に裏切ってくれました。葉風のように、“あの吉野”が泣き崩れる場面をみたわけでもないのに、「恋敵」を斯くも自然に許せることがあるだろうか? とわたしたちが更なる波乱へ抱く「期待」を、“ただ、そうはならないこと”をして暗に批判し、納得させてみせたのでした。

「少年漫画」のアニメートとして、こういう瞬間の存在を演出してみせられることほど、すばらしい「仕事」はありません。



⑩ 『スタードライバー 輝きのタクト』第22話「神話前夜」
(脚本:榎戸洋司/絵コンテ:成田歳法&五十嵐卓哉/演出:成田歳法)


まあ本当はですね、「劇場版」を推したかったわけなんですけどもルール違反ですからね(最初に原稿送ったとき気付かなかったんだな推薦したいばかりにw)、構成の都合映画ではいくらかカットされてしまったシリーズ中の「寓意劇」、その総決算、南十字学園演劇部・劇団夜間飛行による舞台劇「神話前夜」をピックアップしたいとおもいます。
“命のオーラ”=「リビドー」に纏わる「悲(/喜)劇」であり、それを持たないか失ったかしたエントロピープルには永遠の「憧憬」として描かれるものであり、敗者たちの未練のセラピーであり、くり返し聞かされた“しきたり”の出来の悪い焼増しと感じるものもあり、過去に回避されたルートの戯画であるがゆえ当時の選択にさされる楔のようにもみえ、ここより遥か、「現実」(本編)が何らかの決着を迎えた先にもつづく「銀河美少年」の“冒険”を暗示するかのような内容ですが、
ひとつ、注意深くみてみるなら、ここでは「クレイス」がこの危険なリビドーを費やすほど魅力的な女性なのか? 証すものはひとつもありません。ただコルムナの破滅的な“冒険”がそれを想像させ、彼の轍を踏まないと果敢な態度をみせるマルクがさらにそのイメージを膨らませる、いわば「理想の女性」の抽象にとどまっている。もちろん、タクトとスガタのまえにはワコがいて、かつてタクトにはハナというひとがいて、でもケイトは自分がそうだともワコがそうだとも信じられなくて……
当然、トキオにとってそんな女性は存在しない(夢見ないわけではないにせよ)。
サリナとマルクの問答はそのままクレイスにのしかかる。マルクが信じるようなものを、当の君は大切とおもっているのか? おもえるか?
翻って、「銀河美少年」は本当に“「世界」(彼女たち)の声”を聞いているのか? を問う寓話でもあるわけです。「キス」ひとつとってみても、いまそれをすべきかどうか? それに応えるべきかどうか? “その後の「世界」”を受け入れる自信はあるか? 彼/女にそれができると信じるか?

物語の終幕へ向けて、俄然アガる挿話でした。


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