物理的領域の因果的閉包性


アニメマイベストエピソード

2016-09-01 ベストエピソード


元記事:アニメマイベストエピソード - エブリデイ! @komagomamako



・ シゴフミ第12話「シゴフミ」(全13話/2009年)

監督:佐藤竜雄、脚本:大河内一楼、絵コンテ:佐藤竜雄、演出:桜美かつし、作画監督:川上哲也、吉田尚人、清水明日香、岩瀧智、音楽:七瀬光

 フミとミカの対峙シーンからの子供みたいに泣き合うところがとにかく最高です。私こういうの弱いんですよ。ベタな良さです。
 ミカのことを断ち切ったことで、変わるんだと決意するも、決して周囲からは受け入れてもらえないフミの様子がひたすら描かれます。要も内心想いを寄せているのはミカだということが、彼の見つめる写真から伝わってきます。そして、ついに耐え切れずに逃げ出そうとしてしまいます。
 その矢先に現れたミカに本音をぶつけるなかで、ミカも自分の本心に気付いてしまいます。「どうして待ってくれないの?勇気がたまるまで」というフミの切実な思いに応えなかったのは、フミのためだけではなくミカも逃げたかったのかもしれません。二人が想いをぶつけ合うこのシーンは、まさに「自己との対話」でもあるのです。誰からも受け入れてもらえなかったフミがようやく受け入れられたのは、他でもない「私」自身で、それでもやっと報われたのかなという風にも感じられます(フミが周囲に受け入れられるには第13話を待たなければなりません)。
 ある種「アイデンティティ」をめぐる本作でしたが、「変わりたい」というところから「変わってなんかやらないから。絶対に」というところに落ち着いたのも意外でした。フミとミカと、異なる存在として生きるという決意、その勇気は素直に格好いいなと思いました。



・ 地球少女アルジュナ 第13話「今」(全13話/2001年)


監督:河森正治、脚本・絵コンテ:河森正治、演出:ところともかず、山本裕介、板野一郎、音楽:菅野よう子

 思想的なところをいうと色々目をつぶった方が良さそうな作品ではあるのですが、それはそれとして忘れられない作品です。国がほろびながらも、生きる術を見つける時夫、これが可能であったら救いなのでしょう。
 考えたら負けかなという気はするのですが、全てを受け入れ声を失っても、まるで後悔した様子を見せない樹奈が妙に心に焼き付いているのです。環境問題を取り扱いながらも、一方でひたすらコミュニケーションについても扱ってきた本作において、「言葉」を失うのは自分の中ではまだ消化できてませんが、興味深い結末です。



・ たまゆら~卒業写真~ 第3部―憧―(全4話/2015年)


監督:佐藤順一、脚本:山田由香、ハラダサヤカ、絵コンテ:名取孝浩、佐藤順一、演出:名取孝浩、吉村文宏、筑紫大介、作画監督:内田裕、丸山修二、野田智弘、山本道隆、音楽:中島ノブユキ

 劇場公開はされていますが、一応OVAっぽいですし、去年の10選に入れ損ねたので。私、『たまゆら』が好きなんだなあと思わされたのがここです。既にfani通さんとかtwitterとかでも書いているのですが、ラストでひどく胸を打たれました。楓の憧れが溢れ出すシーンも良いのですが、なによりも楓への周囲のまなざしが温もりに溢れているのがたまりません。大人も子供もそれぞれの距離から楓達を見つめていくのが非常に巧みでもあります。
 思えば『たまゆら』はこういった、楓をみつめる温かなまなざしに満ちた作品だったのだと、たった一瞬で気づかせてくれたのがこの回でした。もちろん、それは一方通行なんかじゃなくて、楓は楓で周囲の人々のことを愛していて、だからこそ愛されてもいるのだと思います。



・ 獣の奏者エリン 第29話「獣の牙」(全50話/2009年)


監督:浜名孝行、脚本:谷村大四郎、絵コンテ:浜名孝行、演出:高島大輔、布施木一喜、作画監督:松浦仁美、音楽:坂本昌之

 作中のターニングポイントとして忘れられない一話です。リランと心を通わせたエリンが、ふとしたミスから危うくリランに殺されかけてしまいます。人と獣は心を通い合わせられる。そう見えるかもしれないけれども、確かに絶対的な壁がそこにあるのだと突きつけてきます。
 エリン自身、殺されかけることでリランに強い恐怖を抱きます。そして、本当に人と獣は心を通わされるのかと悩みます。結局、エリン自身は答えを見つけることはできません。それでも、彼女はそれを信じようとするのです。まだまだ幼い少女にも関わらず、遺書を書き、命を懸けてリランと向き合っていくことを覚悟していくのです。
 似たようなエピソードは終盤にももう一つあるのですが、こちらはいっそう深刻です。それに比べたらまだ救いのあるエピソードともいえます。獣と分かりあおうとするエリンは、この後、どんどん悲痛な表情をするようになり、声からは感情が消えていくようにさえ聞こえます。どこか人間離れしていき、獣でもない。そういう存在に感じずにはいられません。それでも、この回での痛みと覚悟が彼女を支えていることはよく分かります。



・ 天体のメソッド 第12話「円盤のない街」(全13話/2014年)


監督:迫井政行、脚本:久弥直樹、絵コンテ:島津裕行、演出:橘正紀、作画監督:古澤祐紀子、音楽:加藤達也

 タイトル通り、円盤のなくなった街が描かれていく訳ですが、忘れてしまった乃々香が、今度は忘れられてしまうという風に反転しているからこそ、胸が痛むエピソードでした。みんなの痛みは、汐音の痛みはこれほどのものだったのか、というのが乃々香を通じて蘇ってきます。
 写真が繰り返し使われた本作ですが、乃々香が使ったのは写真ではなくビデオでした。もう、ノエルを写真に収めることが叶わないということもあるのでしょうが、語ることにもきっと意味があったのでしょう。私の中に残っているノエルを少しでも記録していきたい、だからこそのビデオなのではないかと、ぼんやりと思っています。こういう、大切なものを残したいっていうシチュエーションに弱いんですよね、私。
 そして、ノエルのことが夢だったのかと不安になる乃々香を助けるのが他でもない汐音というのがずるすぎるんですよ。いちどは忘れられたとしても、大切な友達だから助けるのが、本当に素敵です。



・ こんにちは アン 〜Before Green Gables 第24話「クリスマスの魔法」(全39話/2009年)


監督:谷田部勝義、脚本:島田満、絵コンテ・演出:城所聖明、作画監督:佐藤好春、音楽:高梨康治、水谷広実、藤澤健至

 まさにクリスマスの魔法のようなお話でした。小さな命が救われたことで、ようやくバートが大切なものに気づき、本当に変わることができました。そして、トーマス家に最後の幸せが訪れるのです。バートと子供たちが楽しそうにクリスマスの準備をしているところにはとても大きな希望を感じられます。バートはエリーザの背中を押したり、時々良い姿を見せていましたが(DV夫がたまに優しくすると……みたいなのを想起してそれはそれで嫌なんですけど)、ああいう良い父親になることもできたのです。
 幸せなクリスマスの夜が終わって、バートは自分のこれまでの行いを本気で悔いています。それでも、アンの言葉で、まだやり直せるのだと気付いて再び歩き出す、このシーンがあんまりにも印象的です。朝日で輝く世界の中で、踊りながら線路の向こうへと新しい人生を見つけに行く。バートとその家族の幸せが、今にも見えるようです。不幸の影にも気付かないほど、バートの姿はあまりにも幸福に包まれています。
 トーマス家ではあまりにも多くの不幸がありました。だからこそ、クリスマスに起きたこの奇跡は、彼らにとってもかけがえのない時間だったと、信じきることが出来ます。



・ ポポロクロイス 第24話「さよならの冒険」(全26話/2004年)


監督:越智一裕、脚本:岡田麿里、絵コンテ:大庭秀昭、演出:高木茂樹、作画監督:薄谷栄之、音楽:亀山耕一郎

 ルナと彼女の母親のエピソードがとても印象的な回でした。母親との別れが予感される中で、束の間の二人の時間が描かれます。ルナは自分の見てきた素敵な陸の世界を紹介し、母親もルナの歩いているところを見ようとする。月の掟のために、母がルナを禁じたためにおきた二人のいさかいの和解としてこれほど素敵なものはないでしょう。
 そして、自分を世話してくれたばあやが亡くなったことで落ち込むルナを励まそうとする母親が見つけたのは、ルナに寄り添い支えるピノンです。母親には、娘を託せる人を見つけられたのでしょう。別れが予感されるからこそ、ここはいっそう切ないです。
 さらに、ルナの仲間であった海の精霊たちが闇の精霊王によって闇の精霊となってしまい、もう元には戻せなくなってしまうという重い展開までやってきます。ルナがなんとかしようと笛を吹くものの、正気に戻っただけで元には戻らず、却って苦しませ、ピノンによってとどめを刺すしかなくなるということになってしまいます。とどめを刺した後、ピノンはルナの悲しみを半分背負いたいと言うのは、これまでルナを受け入れ、そして支えてきたピノンだからの台詞であり、子供たちが大人から自立していく瞬間でもあるのでしょう。



・ 星の海のアムリ 第3話「花散り鳥鳴き海眠り」(全3話/2008年)


監督・脚本・絵コンテ・演出:米たにヨシトモ、音楽:窪田ミナ

 フルCGのOVAです。30分の間にまさかの挿入歌3本+主題歌(これは好きなアニソンベスト5に入るくらい!)という構成といい、なにかと意欲的な作品です。
 アダプターという新人類という存在を題材にしていますが、まるで私達とは何も変わらない存在を描かれているんですよね。誰かと一緒にいたいという、そういう素朴な感情を持った少女にすぎません。彼女たち新人類のアレルギーを極めて単純に解釈してしまうのも難しい所ですが、でもフェミナが言うように、自分の願いが叶わないことへの恐れというものは確かにあります。全3話の短い時間の中で、そういうものに向かい王としてきたのは確かです。
 そんな彼女たちが、「融合」のアレルギーを持つフェミナに導かれて地球を救っていくというのはとても示唆的です。違う存在かもしれないけれども、それを乗り越えていく希望がそこにはあります。きっとまだまだ彼女たちには旧人類に溶け込むには困難が待ち受けていますが、いつか迎えられる日が来るのかもしれません。私の大好きなセリフである「おかえりなさい、愛ある世界へ」という言葉で主人公たちが迎えられるように。



・ 電脳コイル 第24話「メガネを捨てる子供たち」(全26話/2007年)


監督:磯光雄、脚本:磯光雄、松澤洋介、絵コンテ・演出:高橋知也、作画監督:本間晃、押山清高、音楽:斉藤恒芳

 メガネの中でも大人と子供の断絶が如実に表れ、子供たちはメガネを捨てられてしまいます。大人たちは無理解だって思うこともできるのかもしれませんが、今の私にはずっと仕方のないことだと思ってしまいます。むしろ、作中で起きた出来事は、大人の想像をはるかに超える危険なものなのですから、当然とさえ言えるかもしれません。
 ただ、一番の断絶はメガネがどういうものかではなく、メガネの向こうの世界、リアルへの理解かもしれません。メガネの世界は、大人が思うよりもずっと現実です。ヤサコ達は現実世界を駆け回って、メガネの世界で生きてきました。現実とは切っても切れないのがメガネの世界です。
 そして、ヤサコが胸の痛みは触れなくても本物だと気付くように、触れられるものだけが現実ではありません。デンスケを失った悲しみから逃げるように、メガネの世界を単なるデータだと無理に納得しようとしたように、それが「現実」であれば、痛みを受け入れなければならないのです。
 歎き悲しみ「ふさふさだったよ。良いにおいがしたよ。あったかかったよ」と落ち込む京子と、「夢だったみたい」と落ち込むヤサコとの間には、大人になりかけかどうかというわずかな違いがあるのかもしれません。実は大人と子供という明確な線引きだけではなく、もう少しグラデーションがあるのだと、この作品は描いているのかもしれなくて、そういう大人に近づきつつある淡いで揺れ動くところも素敵に描かれています。



・ RDG レッドデータガール 第12話「世界遺産の少女」(全12話/2013年)


監督:篠原俊哉、脚本:横手美智子、絵コンテ・演出:篠原俊哉、作画監督:芝美奈子、中村深雪、音楽:myu、伊藤真澄

 今年になって見返してすごくはまった本作です。原作からあまりにもカットが多いために、アニメ版だとどうしても理解しきれないところが残念ではありますが、原作で補完しながら見ると素敵な話ではあるんです。
 ずっとすれ違いを続けてきた泉水子と深行ですが、ようやく「少し」近づけたのがこの回かもしれません。泉水子も深行もめちゃくちゃ不器用で、だからすれ違うんですけど、それだけじゃなくてちょっとした臆病さも(人として当然のものとして)抱えていて。どうしたらいいのかずっとわからなくて、それでも必死に「俺が必要だって言えよ」という深行の言葉に、「言えたらいいけど、言ったら最後だよ」という泉水子の言葉が胸に刺さります。Cパートでも泉水子は深行に答えを返さないのですが、これがこの作品の魅力だと思うんです(詳しくは『アニバタ』のP.A.WORKS特集号の波野淵さんの論考をお読みください!)。
 「姫神」というとても抱えきれないものを前に振り回される、それはあまりにも大きなことなのです。だから泉水子は簡単に深行の手を取れないし、深行だって泉水子に手を差し伸べられません。さっと格好よく手を伸ばす物語もたくさんがりますが、この話は割り切れず、人によってはもやもやしてしまうかもしれません。それでも、等身大とも言えるくらい、不器用で臆病な二人が、勇気を出す。そういうところが、美しい画面と併せて、とてもドラマティックで素敵なのです。そして、本当にゆっくりと手を重ねる所まできたふたりは、ささやかに応援したくなります。


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