物理的領域の因果的閉包性


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花は根に 鳥は古巣に 帰るなり

2017-06-13 その他


ツイッターのタイムラインを見てるとひとつの作品でも評価は千差万別、人それぞれ。
「面白い」という人もいれば、「くだらない」「整合性がとれてない」などいろんな意見を見かけます。
それを見て昔なら「作品の良さをちっとも理解してないな」「なぜこれを面白いと感じられるんだろう」
そんなことを考えながら正しいアニメの見方を知るべきだ、面白さは無限にあることを知るべきだ。
なんとかして間違ってる人たちの価値観を変えてやるんだ、そう思いながら文章書いたりしてました。

ちゃんと勉強したわけでもないし、文章を書くことが自分に向いてるなんて思ったことはありません。
絵は描けない、同じ趣味の人とのコミュニケーション方法がない。そこにたまたま感想ブログがあっただけ。
文章なら直接話すよりもカドが立たないし、まったく知らない人でも読んでくれて共感してくれる。
自分が何をきっかけにして文章表現するようになったのか、何を求めて文章表現をしているのか。
そう考えたとき、自分の勝手な思い込みに共感してくれる人がいること。受け入れてくれる人がいること。

キャラデザが好みというだけで円盤を買う人。脚本家が好きだから応援する人。いろんな好きがある。
そうやって作品が支えられてるように、自分自身も考え方や価値観が違う人から好きを分けてもらってる。
自分から見ても自分の考え方や価値観はどこかで間違ってると思うし、他人なら何倍もそう思ってる。
そういう人たちから少しでも受け入れてもらえてるってことは幸せ。だからなるだけ言いたいことを言う。

特定の作品をものすごく好きでそれをけなされたら腹が立つだろうし、その人を信用したくなくなる。
でも腹を立てられてもヤジられても、言いたいことを言い続けなければ自分が自分でないような気がしてくる。
それだけネットだからといって人格を作ってはいないし、素直な自分をそのまま文章にするようにしてる。
あえて敵を作るようなやり方になってしまうけど、一部の感情を全部のように偽って文章は書きたくない。
だから素直に文章表現してる人は好き。作品の好き嫌いとか趣味が合うとかとは別次元で好きになる。
自分がそうしてもらったように、いろんな価値観の人を受け入れたいし、認められるような人間になりたい。


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