物理的領域の因果的閉包性


闇鍋はにわさんの憂鬱

2019-03-25 その他


思考記録:エガオノダイカと僕の感想と僕という人間 - Wisp-Blog


企画等でお世話になっている闇鍋はにわさんのブログ記事です。
普通の感想ブログとは少し違い、一歩踏み込んだ深い内容を各話ごとに更新されているところが特徴です。


◆ 『僕の感想がどういう理由で自己完結しているのかは自分ではよく分からない。』

以前はにわさんに自己完結してると言ったのは自分です。言いっぱなしで理由までは伝えなかった。
もちろん変に傷付けたくないという気持ちがあってそうしたのですが、悩ませる結果になって申し訳ありません。
3年ほど前インタビュー企画に参加してもらったとき「感想を通して何を伝えようとしてますか?」という質問に
「楽しかった」「感動した」をもうちょっとだけ突き詰めて吐き出したい、できるだけ感情を生のまま文章化しない。
という回答でした。今もその印象は変わってなくて、ブログ記事は各話数にあるテーマを突き詰めて書いてあります。

例えばどろろ第11話の記事では「境界線」というキーワードを板塀・芝居と観客・用水路・父と子に関連付けてある。
これを読むと「なるほど、言われてみればそれぞれに壁がある話だったのかな?」という風に思えるし説得力もある。
でもこれを読んで「楽しかった」「感動した」が伝わってくるかというとそうではなく、読み物としては成立してる。
私が自己完結と言っているのはこういう部分で、境界線の解釈をしていても書いてる人の感情が伝わって来ない。
極端な言い方をしましたが、どこが楽しかったのか?それを伝えるブログではないから答えは書き手の中にしかない。

つまりブログを読んでくれる人に向けたメッセージでありながら、方向としては外側ではなく内側に進んでいます。
自分も昔解釈を追求することにハマっていて、周りも「哲学的だね」なんて言うもんだからどんどん内側に突き進む。
その結果作品の魅力であったり、作品そのものを語ることから離れていって「究極の自分語り」になってしまう。
はにわさんが昔の自分とまったく同じであるとは思いませんが、突き詰めるという作業は必然的にそうなってしまう。
それに気付いてから自分の場合は第一印象をツイッターにつぶやいてから他の感情はブログに残すことにしました。
絶対これが正しいというものがあるわけではないから、はにわさんには今まで通り活動してほしいと思っています。


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